孤独な令嬢と、ある教師の話。
「わたしはしがない子爵家の三女なので、自分で食い扶持稼ぐという条件で自由にさせて貰ってますけど、公爵令嬢が使用人との結婚を許されるなんてまずあり得ません。親が異常に娘に甘いとか…出自が複雑とか特殊な事情があるのなら別ですが」
母が部屋に籠る前から祖父母が顔を見せに来ることはなかった。母の口からも祖父母の話を聞いたことはない。娘を愛していたのなら、顔を出すなり手紙を送るだろうが何もなかった。
「…ではお母様は」
「奥様がおっしゃっていた通りなのでしょうね。珍しくはないらしいです。末っ子や身体が弱い子供が親から放置されるって。虐待されてるわけではなく、期待されず関心を持たれないだけ。でも、そういう風に育った場合貴族令嬢としての責任や覚悟を理解しているかと言うと…」
1ミリしか同情していないと言っていた割にリカは沈痛な面持ちだ。母は確かに父を裏切った。許されることではないが、母だけが責められるかというと…良く分からない。
「私ここに勤めて7年くらいなので、昔の奥様の事良く知りませんけど嫁いだ当初から体調がよろしくなかったのかもしれませんね」
母はオリヴィアと話している時でも時折目が映ろになったり、突然虚空を見つめたり誰も居ないのに隣に話しかけていることがあった。幼かったオリヴィアは気にしてなかったが、今は違う。やはり母は…。
「クロエさんも、ずーーーーーっと奥様にべったりだったんなら旦那様に進言するなりしてくれれば良かったのに。あの人人形みたいに表情変わらないから、怖くて苦手だったんですよね」
「そういえばクロエはどうなったの?」
「クロエさんは紹介状無しで解雇されました。その後公爵夫妻が身柄を引き取ったらしいんですが…生きているんですかね…」
クロエは母の生家である公爵家から付いてきている。その侍女が最悪の裏切り行為に加担していたのだ。元の雇い主である公爵家の顔に泥を塗った、穏便に済まされるわけがない。あの時の祖父母の様子からすると、折檻は確実に受けていそうだ。憐れむ気持ちがないわけではないが…。
「おじいさま達は?何か言ってる?」
父は今のところ離れに閉じ込める以外のことはしてこないが、何をするか未知数なのが祖父達だ。平民の混ざり物だと蔑んでいたオリヴィアをどのように扱うのか。公爵家は父からの援助で持ち直した。今の立場は対等なのか。公爵家の方は母の件で負い目があるが、父の監督不行届を責めてくるかもしれない。そして互いの責任を認めず、オリヴィアに全てなすり付けてくる可能性もあった。己の未来が不安で仕方ない。
「私ではそこまでは…ああ、でも。情報通のメイドが、奥様の件に関しては厳重な緘口令を敷いているらしいと教えてくれました。それ以外は…邸にも来てないみたいですし」
「そうよね、お母様のことが外に漏れたら大変だものね。おじいさま達は周りから自分たちがどう見られているかを、とても気にする方達みたいだから」
「…お嬢様、冗談ではなく離れから出ないほうが良いですよ。本当、本邸は危険です。花瓶が飛んで来るかもしれません」
「…そんなに荒れてるの?」
「…お部屋の前を通ると、物が割れる音が聞こえることが…叫び声も」
なら尚更オリヴィアは彼らの前に姿を見せるべきではない。
「ただ、閉じこもっていては病気になってしまいます。離れの庭に出て陽の光を浴びて、散歩をした方が良いです」
リカの助言にオリヴィアは頷いた。オリヴィアの心の中とは反対に、全開になったカーテンから差し込む陽の光が部屋を照らしていた。