孤独な令嬢と、ある教師の話。
オリヴィアの生活は、それからも変わらなかった。離れに籠りリカ以外とは話さない生活。ここから出なくても生活出来る設備が整っているのありがたい。父にも感謝はしている。母の裏切りの象徴であるオリヴィアを放り出すことはなく、衣食住を保証してくれるのだから。
姉とは直接話してないが、何やら裏でしていることは分かっている。リカが運んでくれる食事にゴミが混ざっていたり、中身がひっくり返されていたり。離れの庭にゴミがばら撒かれていることもある。リカは申し訳なさそうに謝罪してくるが、厨房の人間は姉の命令には逆らえないのだから仕方ないし、彼女もずっと離れにいる訳にはいかない。離れから出ないオリヴィアに出来る嫌がらせは限られているのだ。
定期的に衣装も運ばれてくるが、やはり破られていたり飲み物をぶちまけたようなシミがついている。リカが精一杯綺麗にしてくれているが、どうやっても限界がある。でも、服を与えられても来ていく場所がない。姉はお茶会に参加しているが、当然オリヴィアにそんな話は来ない。
「お嬢様、外では奥様が亡くなってから体調を崩して部屋に引き篭ってることになってますよ」
リカはくだらない、と鼻で笑った。
「引き篭ってるのは当たってるわ」
「邸から出られない、の間違いですよ。でも、13になったら貴族の令息令嬢は学園に入学することになってますけど、旦那様どうなさるつもりなんですかね」
「多分、全寮制の王国の外れにある学園にでも入れるのではないかしら?おじいさま達もそう望んでるみたいだし」
リカが入手してきた情報によると、祖父はオリヴィアを王都から遠く離れた寄宿学校にでも入れろ、と父に進言してきたらしい。祖父はまだ公爵位を伯父に譲ってないので基本的に王都にいる。母の罪の象徴であるオリヴィアが王都にいるのも耐え難い、ということだろう。本当に忌み嫌われているらしい。碌に関わりもない親族に嫌われても悲しくないが、心自体は疲弊していくのだ。
「確かに、邸も安全とは言い難くなって来ましたからね。この前なんて食事に生きた蜘蛛入ってましたからね。学園に通い始めて忙しいはずなのに、エルシアお嬢様の執念には恐れ入りますよ」
13になった姉は王都の学園に邸から通っている。いっそ寮に入るかと思ったが、その選択はしなかった。理由は明白だ。姉の中の憎悪は色褪せることはない。そのうち蠍が食事に入っている、なんてこともあり得そうだ。
「もしお嬢様がここを離れる際、私付いていけますね。普通実家から使用人を連れて行きますけど」
「無理じゃないかしら。お父様が許可するとは思えないわ」
「…その場合、キッパリここは辞めようと思ってます。だってどいつもこいつも荒んでるんですよ。平気でお嬢様のこと悪く言ってるし。それが罷り通ってるのがおかしいのに…」
リカはやるせなさに唇を噛む。何も出来ない自分を歯痒く思ってるらしい。リカは侍女仲間から「不貞の子に付けられて可哀想」と同情されているのだと言う。可哀想どころか、日々オリヴィアへの嫌がらせを命じてくる姉につくよりマシだと口にしそうになるのを必死で耐えていると。リカがオリヴィアの世話を嫌々している、という態度を崩したらオリヴィア付きのメイドを外されてしまう。父はオリヴィアに無関心だが、姉に知られればすぐ様父に報告される。父は姉のことは可愛がっているので、願いはなんでも叶えてしまう。それを避けるためにリカは周囲の同情を甘んじて受け入れている。
「学園に入る前に魔力検査受けますよね。その時には流石に外に出れるはずですよ。検査を受けさせないのは重罪ですからね」
12歳になると教会に行って魔力検査を受ける義務がある。これは貴族平民関係なく受けなくてはいけない。魔力の量が一定数をあれば学園の魔術科に進学することを勧められる。強制ではないが、規定量の魔力保持者なら普通に魔術師を志す。魔術師を目指すほどではなくとも魔力があれば魔術師団の補佐をする文官だったりと、進路は様々だ。
魔力がなければ騎士や普通の文官を目指す。魔力のある無しで差別されることはないが、魔力持ちは結婚相手に、と求められやすい。しかし魔術師は権力に屈することはない、と身分と人権が保証されている。オリヴィアは魔力があるならば魔術師を目指したいと考えた。魔術師になれば誰からも干渉されないし、実家との縁も切ることが出来る。リーデル伯爵家にオリヴィアはいない方が良い。
「魔術師を目指せるだけの魔力があれば良いわ。魔術師になれば、誰からも干渉されないでしょ?」
リカは齢11にして自分の将来を決めなければいけないオリヴィアに、痛まし気な表情を一瞬だけ見せすぐに曖昧に笑った。
「そうですね…もしもに備えて魔術関連の書物、用意してもらいましょうか」
リカの提案にオリヴィアは頷いた。今のうちにやれるだけのことをやっておくのだ。