愛する夫が催眠術で私に「貴方を愛することはありません」と言わせようとしている

 私の手を掴んだままテレサはずんずんと馬車の待機場へ進んでしまう。これではどちらが主従かわからないわ。いつもは私の事を一番に考えてくれて優しい……というか、甘すぎるくらい甘やかしてくれるテレサが、今日は何故こんなに強引なのかわからなくて。

「テ、テレサ……」

 訊ねようとした瞬間。今まで聞いたことのないほど低い、地獄の穴から響くような声が彼女の口から絞り出された。

「許さないあの男……! これでお嬢様に悪い噂が立ったりでもしたら、殺してやるわ……!」
「こ、殺……っ!? シリウス様を!?」

 びっくりして聞き返すと、テレサも立ち止まってこちらを振り返る。同じようにびっくりした顔をしていた。

「……シリウス・ロドフォード様を? 何故ですか」
「え?」
「あの方はロドフォード侯爵家のご嫡男であらせられますし、悪い噂も聞きません。それに何よりお嬢様が気に入られたという事は間違いなく素敵な男性です。お嬢様の目には狂いがありませんから!!」

 テレサの声にだんだんと力が入る。うーん、最後の方はちょっと言ってる事がおかしくない? シリウス様が間違いなく素敵なのは否定しないけれど。

「じゃあなぜ殺すだなんて怖いことを言ったの?」
「あの、マイルストーン伯爵令息の事ですよ。不用意にあんな風に手を振ったりして!」
「ああ、グウェイン様の事ね……」

 漸く私にも理解できた。テレサは最初からシリウス様の事なんて気にしていなかったのだわ。

「あんな! 多くの目があるところで!! しかも彼目当てのご令嬢も沢山いたのにですよ。あれでは彼はお嬢様にベタ惚れだと皆が考えるでしょう!!」
「そうかしら。他の女の子だと思うかもしれないわ」

 事実、私の隣の席のご令嬢たちは自分が相手だと騒いでいたもの。

「いーーーーえ!!! お嬢様はあの時あの場で最も可憐かつ美しく燦然と輝いておいででした!! 自意識過剰な女性は兎も角、冷静な目を持つ人間なら誰しもお嬢様がお相手だと信じるに違いありません!!!」

 いつもの事なのだけれど、テレサの私に対する評価はちょっとおかしいと思う。私は髪の色も平凡な薄い茶色だし、小さい頃は男の子に泣きながら「お前なんかブスだ」と言われた事すらある。とてもじゃないけど燦然と輝くなんて言われるようなものじゃないわ。

「そんな大袈裟な……」

 言いかけて私はハッと気づいた。他の人から見て、グウェイン様が私に気があると思えるのだとしたら。万が一だけれど。

「まさか、シリウス様もグウェイン様が私を好きだと誤解してしまうかも……?」

 テレサは厳しい目をして頷いた。

「しかもお嬢様が手を振ったりすれば、それがどちらに対してなのかは第三者からはわかりませんよね。最悪、お嬢様がロドフォード侯爵令息とマイルストーン伯爵令息のお二人を手玉に取っていると言う悪意ある噂の的になるかもしれません」
「そ、そんな……」
「ですからその前にマイルストーンの方は私が息の根を止めてこようかと」
「待って!」

 なんでそうなるのよ! だいたい、騎士見習いの中でも突出して剣の腕が立つグウェイン様をテレサが倒せるわけ……いえ、テレサなら彼の虚を突けば出来そうな気がしないでもないわね。ちょっと本気で恐ろしくなった。

「ダメよ、絶対ダメ! そんな事を考えるのもダメです! この国に於いて、騎士団員はとても重要な立場の人間だとわかっているでしょう?」
「私の人生に於いて、一番重要な立場の人間はお嬢様です!」

 テレサにものすごく斜め下にズレた返答を、しかも自信満々な態度でされて、私はがくりと肩を落とした。
 なんというか……ちょっと彼女も意地になっている所があるような気がするわね。そうなる気持ちも事情もわからなくはないけれど。

「ええと……わかったわ。わかったから殺すとかそういう物騒な事は考えないでちょうだい」
「はい。それと、噂にならないように暫くは騎士団の練習の見学をお控えになった方がよさそうですね」
「えっ……」

 シリウス様を遠くからでも見る事が出来ないなんて! 私はテレサの意見に抵抗したかったけれど、結局は飲み込んだ。だって本当にグウェイン様と私の仲に噂が立ったら困ってしまう。
 グウェイン様とシリウス様は親友だと仰っていた。もしシリウス様に私の存在を「親友の想い人」と認識されてしまったら? 私の恋は一生かなわない。そんなの辛すぎるもの。

 だから、それからはずっと騎士団の見学も我慢をしていた。その後すぐにグウェイン様が正式に騎士として辺境に向かうことになり、叙任式兼出征式への招待状も頂いたけれど、私は(・・)謹んで辞退した。
 正直、行けばシリウス様にも会えるだろうからすっごく、すっご~~く行きたかったけれど耐えに耐えたのよ。

 多分その我慢が報われたのだと思う。私には特に変な噂がつきまとう事はなかった。そして、ある日突然。

 我が家に幾つか婚約の打診が来ていた所に、ロドフォード侯爵家からシリウス様と私の婚約の申し入れがあったのだった。
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