愛する夫が催眠術で私に「貴方を愛することはありません」と言わせようとしている

第3話 一年前


 ◇◆◇

 私の家、イーデン伯爵家の持つ領地の一部に、最近魔硝石の鉱脈が発見された。魔硝石はとても貴重で、害獣と戦う際には不可欠な火の魔法に必要な材料でもある。

 勿論我が家は上を下への大騒ぎ。領地の主な産業は農業で、代々のんびりと過ごしてきたイーデン伯爵家には、突然降って沸いた魔硝石の扱いなんてよく分からない。ただ凄く価値があるのと、簡単には他家や他国に渡してはならないものだと言う事だけはわかっている。

 鉱山が見つかったタイミングと、私が成人を迎えるタイミングがたまたま近かったせいで私と結婚したいという申し入れは驚くほど沢山来た。両親とお兄様は頭を抱えたみたい。

 今まで田舎伯爵としてのんびり過ごしてきた為、それほど数多くの貴族と積極的に交流をしていなかった事が災いして、申し入れをしてきた家を良く知らないというケースが多かったせいなの。
 もしも裏で悪事をはたらいたり、王家転覆を計ったりするような家に魔硝石を渡すわけにはいかなかったから。
 数ヶ月前のデビュタントボールや先日のお茶会で私に少々のトラブルが起きた事もあって、お父様はかなり神経質になっていた。

「ああっ、ダメだ! どいつもこいつも怪しく見えてきた……!!」

 元々腹の探りあいが得意ではないお父様にとって、多くの家を調べ疑いながら婚姻の申し入れに対する返事を引き伸ばすのはかなり辛い作業だったと思う。そこにロドフォード侯爵家からの申し入れがあったのは、天の助けに見えたに違いない。

「リエーラ、大変かもしれないがロドフォード侯爵家に嫁入りを……」
「ええ!! 勿論ですわ! 嬉しい!!」

 今にも踊り出しそうな私を見てあんぐりと口を開けるお父様とお母様。

「本当にいいのか? お前にとっては重責かもしれないぞ?」
「驚いたわ。リエーラ、貴方にそんなに上昇志向があるとは思えなかったのに」

 確かに私はお父様から青い目だけでなくのんびりした性格を受け継いでいるから、侯爵家に嫁入りなんて身の丈に合わないと思う。けれど愚かな私は、裏事情など何もわからずに一も二も無くこの申し出を受けた。ただただ、シリウス様側から婚約を申し込まれた事に夢中で浮かれていたの。

 そして婚約はつつがなく執り行われ、書類にサインを済ませた後。二人きりで庭園を散歩しようと誘われて、やっぱり私は夢見心地でふわふわと宙を浮いている気分のまま、彼の後ろをついて行った。周りにひとけが無くなったのを確認して、シリウス様がこちらを振り返る。

「リエーラ嬢」
「はっ、はいっ!」

 私はドキドキしながら彼を見上げる。けれど彼はこちらを苦い薬でも見る様な表情をしてから、プイと顔を背けて言ったの。

「君としても不本意極まりないだろうが、これが最善なんだ。一年間我慢してくれ」
「え?」
「一年間の婚約期間で時間を稼げば()()()()()筈だ。その間にロドフォードの家から魔硝石に関する技術提供も可能だし、王家も君の家をじっくり吟味して翻意が無いと判断してくれると思う。勿論その間に君には指一本触れないし、必ず君を守るから俺を信じてほしい」
「え? あの……」

 今、なんて言ったの? シリウス様は最初に「君として()不本意」と言ったわ。つまり……

「シリウス様も、この婚約には不本意なのですか?」
「!」

 その瞬間、ざあっと風が吹いて私たちを煽った。私は自分の茶色の髪が風になびくのを押さえながら、その隙間から彼の顔を見る。彼の黒髪もなびいて、前髪で隠された右目が露わになっている。その下の頬に少し赤い傷跡が見えたような気がした。
 次の瞬間、風はおさまっていて。彼の右目と右頬も、そして酷く焦ったような表情も見えなくなっていた。

「……勿論、本意のわけがないだろう。俺の立場をわかっていたんじゃないのか」
「それは」

 ロドフォード侯爵領には古くから魔硝石の鉱山が多数あり、魔硝石の加工や扱いのノウハウを抱えている。当然ながら火魔法の扱いができる者も多いけれど、王家への忠誠心が篤く、また王家からの信頼も篤い名門。
 その嫡男のシリウス様と私が結婚すれば、我が家は魔硝石についてのノウハウを教えてもらえるだろうし、侯爵家や王家からすれば魔硝石を悪用や他国に密輸される心配も極めて低くなる。もしかしたら王家から「イーデン伯爵家を探れ」と密かな命を受けたのかもしれないわ。

 つまり、私にとっては片想いの相手であるシリウス様との結婚は。
 両家にとって、ひいては王家や国にとってもメリットのある、どこからどう見ても政略結婚だったという訳。私はこの場でシリウス様にここまで言われてやっとその事に気がついた。

「はい……シリウス様のお立場では仕方ありませんね」
「ああ、絶対悪いようにはしないから」
「よろしくお願い致します」

 私は深く頭を下げた。顔が真っ青になっている気がしたから、それを見られないように。
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