一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
……身体が浮くような感覚と、規則的な足音。
私は御崎先生に抱えられながら、長い廊下を移動していた。
天井の蛍光灯が、白い線になって後ろへ流れていく。
はっきりしない意識の中、耳元で御崎先生の低い声が響いた。
彼は歩きながら、片手でPHSを操作し、どこかへ連絡を入れているようだった。
「……水瀬? 俺。御崎」
短い呼びかけ。
水瀬。……誰だろう。……多分、私の知らない人だ。
「今、ER(救急外来)のベッド、空きある?」
相手の返答を待つ間も、彼の足は止まらない。
「……いや、同僚の検査技師の子で。共同研究室で倒れてた」
彼は私の容態を簡潔に告げる。
過労、意識レベルは清明だが反応は鈍い、頻脈、冷汗あり。
そこまでは、普通の「急患」の扱いだった。
けれど、彼はふと足を緩め、何かを思い直したように言葉を継いだ。
「……貧血かなって思って、当直室で少し休ませようと思ったけど。……少し、気が変わった」
その声のトーンが、一段階低くなる。
心配や焦りではない。
何かを見定めようとする、臨床医の鋭い響き。
「調べたいことがある」
(……調べたい、こと……?)
私のぼんやりとした頭では、その言葉の意味が理解できなかった。
貧血以外に、何を調べるというのか。
でも、御崎先生の中では既に「ある仮説」が組み立てられ、それを証明するためのオーダーが頭の中で走っているようだった。
「……ああ。血算と生化、あと尿検査も回す。……ああ、すぐ行く」
プツリ、と通話が切れる音。
彼はPHSを白衣のポケットに放り込むと、再び私を抱え直した。
「……我慢してね。すぐ楽になるから」
私に向けられる声は優しいけれど、その瞳はもう私を見ていなかった。
エレベーターの扉が開く。
消毒液の匂いが強くなる。
私は抗うこともできず、彼の「診断」に身を委ねるしかなかった。