一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
点滴の落ちるスピードが、脈打つように遅く感じる。
ERのカーテンで仕切られた狭い空間。
意識が浮上すると同時に、白い手袋をはめた御崎先生が、モニターを見上げながら私に声をかけた。
「……高橋さん。坂上、来たよ」
「……え」
視線を動かすと、カーテンの隙間から、肩で息をする坂上先生が入ってきたのが見えた。
いつもの不機嫌そうな顔。でも、その額には玉のような汗が浮いていて、白衣の裾が乱れている。
オペが終わってすぐ、走ってきてくれたのだろうか。
「……先生」
「……」
坂上先生は何か言いたげに口を開きかけて、やめた。
ただ、ベッドの柵を強く握りしめている。
御崎先生は、手元のタブレット端末をタップしながら、事務的な口調で言った。
「ちょうど血液検査の結果も返ってきたし、説明させてくれるか」
「は、はい……」
「あぁ、その前に一つ確認したいんだけど」
御崎先生は顔を上げ、私と、そして坂上先生を交互に見据えた。
「君たち、付き合ってるんだよな?」
「…………っ」
心臓が跳ねた。
モニターの電子音が、私の動揺に合わせて早くなる。
職場では徹底して隠していたはずだ。バレていないと思っていた。
なのに、この人は確信を持って聞いてきている。
私が言葉に詰まっていると、坂上先生が低い声で遮った。
「……関係、ないだろう」
苛立ちを含んだ声。
「彼女の体調不良と、俺たちの関係は別問題だ。プライベートに踏み込むな」という、彼なりの牽制。
だが、御崎先生は表情一つ変えなかった。
むしろ、哀れむように目を細め、静かに告げた。
「……関係ないって、あるんだよな……これが」
「……あ?」
御崎先生は坂上先生の威圧を柳のように受け流すと、ベッドの上の私に向き直った。
その瞳は、優しかったけれど、医師として「真実」を暴くための鋭い光を宿していた。
「高橋さん」
「……はい」
「……センシティブなこと聞いて申し訳ないんだけど」
彼は一呼吸置いて、その場にいる全員の運命を変える問いを口にした。
「月経は、来てる?」
「…………」
時が、止まった。
坂上先生が、ハッとして私の方を向く気配がした。
月経。
その単語を聞いた瞬間、私の脳内でバラバラだったピースが、恐ろしいほどの速度で組み上がっていく。
長引く微熱。ひどい立ちくらみ。食べ物の匂いへの不快感。
そして──ここしばらくの記憶がないこと。
「……あ」
血の気が引いていくのが分かった。
嘘だ。まさか。
避妊はしていた。忙しさで周期が乱れているだけだと思っていた。
でも、御崎先生のこの確信に満ちた目。
そして、彼の手にある検査データ。
「……来て、ません。……多分、2月……ほど」
震える声で答えた瞬間。
隣で坂上先生が息を飲む音が、はっきりと聞こえた。