一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
「……じゃあ、俺は病棟に戻るよ。回診があるから。
ーーそのビタミン入れた点滴終わったら普通に帰っていいからね」
御崎先生はそう言うと、気まずい空気を払拭するように、足早にERを去っていった。
カーテンの摩擦音だけが響き、再び静寂が訪れる。
狭い空間に、二人きり。
モニターの電源は落ち、先ほどまで聞こえていた心音の余韻だけが、耳の奥に残っている。
どちらから口を発するか。
しばらくの間、互いの呼吸音だけが聞こえる無言が続いた。
「……先生」
耐えきれず、私が先に口を開いた。
「……ん」
「……ごめんなさい」
私はシーツを握りしめ、俯いたまま謝罪した。
何に対しての謝罪なのか、自分でもうまく整理できていなかった。
避妊に失敗したことか。体調管理ができなかったことか。それとも、彼のキャリアを邪魔してしまうことか。
「……正直。エコー、見るまでは……『困る』『どうしよう』って、思いました」
私は、震える声で正直な気持ちを吐露した。
「タイミングが悪すぎるって。……先生のD論はどうなるんだろう、私の修論は、お金は、って。……頭の中、真っ白で、不安しかなくて」
子供ができたと知らされた瞬間、最初に浮かんだのは「喜び」ではなく「計算」だった。
そんな自分が冷酷で、情けなくて。
「……でも」
私はそっと、まだ平らな自分のお腹に手を当てた。
先ほど御崎先生が「ここだよ」と教えてくれた場所。
「……今、もう……学位なんて、どうだっていいって、思ってしまってるんです」
あんなに欲しかった私の修士号。それから、彼の博士号。
二人で歯を食いしばって目指してきた、研究者としての頂。
それが今、急に色あせて見える。
「この子が動いてるのを見たら……論文とか、キャリアとか、全部どうでもよくなっちゃって。……ただ、無事に会いたいって。それしか、考えられなくて」
研究者失格かもしれない。
彼を裏切る考えかもしれない。
それでも、湧き上がる愛おしさを止めることはできなかった。
「……ごめんなさい。……私、勝手ですよね」
涙がポタポタとシーツに落ちる。