幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない
第17章 『隼人の限界』
夜のリビングには、
時計の針の音だけが響いていた。
隼人はソファに座り、
両手を組んだまま俯いていた。
由奈は台所で片付けをしている。
その背中が小さく震えているように見える。
(……また。
また俺は、由奈を不安にさせてる)
隼人は自分の胸に広がるざらついた痛みを
押し殺せなくなっていた。
麗華の言葉がちらつく。
――由奈さん、最近距離とってるわよ?
――祐真くんと偶然会ったみたいだけど……大丈夫?
(本当に……由奈は……俺を避けてるのか……?)
否定したいのに、
今日の由奈のぎこちない笑顔が脳裏に焼きつく。
(違う……違うはずだ。
だけど……)
気づけば、心の中で何度も叫んでいた。
“由奈が離れていくのだけは嫌だ”
——限界は、もうとっくに来ていた。
台所から由奈が戻ると、
隼人は立ち上がった。
「……由奈」
由奈はビクッと肩を揺らした。
その小さな反応が、隼人の胸に深く刺さる。
(……怖がらせてる?
俺が……?)
「す、すみません……片付けが遅くて……」
「謝らなくていい」
声が急に強くなってしまった。
由奈は怯えたように目を瞬かせる。
隼人はハッとして、言い直した。
「いや……ごめん。
怒ってるんじゃない」
そう言いながらも、
隼人の胸の奥では怒りが渦巻いていた。
怒っているのは——
祐真に。
麗華に。
由奈に嘘を植えつけた“影”に。
そして何より、
本音を言わせられない自分に。
隼人は由奈の正面に立ち、
いつもより近い距離で見つめた。
「……由奈。
最近、俺を避けてる理由……教えてくれないか?」
その声は、震えていた。
由奈は首を振る。
「避けてなんて……そんなつもりは……」
「じゃあ、どうして話してくれない」
「話……?」
由奈の胸がざわつく。
(話したら……嫌われる。
重いって思われる)
祐真の声が蘇る。
――泣いたり怯えたり…面倒なんだよ。
(言えない……言えない……!)
「由奈」
隼人の声が低く落ちる。
「俺が……怖いのか?」
由奈の呼吸が止まった。
(こ、怖いなんて……
そんなこと、思ったこと……)
「違う……違います……!
隼人さんを……怖いなんて……」
隼人は一歩近づき、
由奈の頬に触れようとした。
だが——
触れる直前で手を止めた。
指先が震えている。
(触れたら……泣かせるかもしれない)
そして、隼人の表情が苦しげに歪んだ。
「……触れたいのに」
由奈の心臓が跳ねる。
隼人は続けた。
「由奈が……震えるのを見るのが、怖いんだよ……」
その言葉は、由奈の胸を深く貫いた。
(隼人さん……
私が震えてたの……全部気づいて……
それで、触れてくれなかったの?)
けれど気づいた瞬間、
また別の恐怖が押し寄せる。
(……だったら、なおさら迷惑じゃない)
「……ごめんなさい。
私……隼人さんに、迷惑……」
「違う!!」
部屋の空気が揺れた。
隼人は両手で頭を抱え、
苦しそうに息を吐く。
「迷惑なんかじゃない……
ただ……どうしたらいいか……分からないんだ……」
由奈は黙って立ち尽くす。
隼人の声は震えていた。
「——俺は、由奈に離れてほしくない」
その一言は、
隼人の全てが詰まった、本音だった。
由奈の胸が小さく震える。
(離れたくないのは……
私も同じ……)
でも、言えない。
言いたいのに、怖い。
隼人は苦しくて、もう目を合わせられなかった。
「……今日はもう寝よう。
明日……ちゃんと話そう」
それは、
限界まで追いつめられた男の言葉だった。
隼人は寝室へ向かう。
由奈はその背中を見つめながら、
声にならない声を胸の中でつぶやいた。
(隼人さん……
離れたくないのは、私も……)
けれどその一歩を、
誰も踏み出せなかった。
――そしてこの夜を境に、
夫婦のすれ違いは“崩壊の入り口”へ向かっていく。
時計の針の音だけが響いていた。
隼人はソファに座り、
両手を組んだまま俯いていた。
由奈は台所で片付けをしている。
その背中が小さく震えているように見える。
(……また。
また俺は、由奈を不安にさせてる)
隼人は自分の胸に広がるざらついた痛みを
押し殺せなくなっていた。
麗華の言葉がちらつく。
――由奈さん、最近距離とってるわよ?
――祐真くんと偶然会ったみたいだけど……大丈夫?
(本当に……由奈は……俺を避けてるのか……?)
否定したいのに、
今日の由奈のぎこちない笑顔が脳裏に焼きつく。
(違う……違うはずだ。
だけど……)
気づけば、心の中で何度も叫んでいた。
“由奈が離れていくのだけは嫌だ”
——限界は、もうとっくに来ていた。
台所から由奈が戻ると、
隼人は立ち上がった。
「……由奈」
由奈はビクッと肩を揺らした。
その小さな反応が、隼人の胸に深く刺さる。
(……怖がらせてる?
俺が……?)
「す、すみません……片付けが遅くて……」
「謝らなくていい」
声が急に強くなってしまった。
由奈は怯えたように目を瞬かせる。
隼人はハッとして、言い直した。
「いや……ごめん。
怒ってるんじゃない」
そう言いながらも、
隼人の胸の奥では怒りが渦巻いていた。
怒っているのは——
祐真に。
麗華に。
由奈に嘘を植えつけた“影”に。
そして何より、
本音を言わせられない自分に。
隼人は由奈の正面に立ち、
いつもより近い距離で見つめた。
「……由奈。
最近、俺を避けてる理由……教えてくれないか?」
その声は、震えていた。
由奈は首を振る。
「避けてなんて……そんなつもりは……」
「じゃあ、どうして話してくれない」
「話……?」
由奈の胸がざわつく。
(話したら……嫌われる。
重いって思われる)
祐真の声が蘇る。
――泣いたり怯えたり…面倒なんだよ。
(言えない……言えない……!)
「由奈」
隼人の声が低く落ちる。
「俺が……怖いのか?」
由奈の呼吸が止まった。
(こ、怖いなんて……
そんなこと、思ったこと……)
「違う……違います……!
隼人さんを……怖いなんて……」
隼人は一歩近づき、
由奈の頬に触れようとした。
だが——
触れる直前で手を止めた。
指先が震えている。
(触れたら……泣かせるかもしれない)
そして、隼人の表情が苦しげに歪んだ。
「……触れたいのに」
由奈の心臓が跳ねる。
隼人は続けた。
「由奈が……震えるのを見るのが、怖いんだよ……」
その言葉は、由奈の胸を深く貫いた。
(隼人さん……
私が震えてたの……全部気づいて……
それで、触れてくれなかったの?)
けれど気づいた瞬間、
また別の恐怖が押し寄せる。
(……だったら、なおさら迷惑じゃない)
「……ごめんなさい。
私……隼人さんに、迷惑……」
「違う!!」
部屋の空気が揺れた。
隼人は両手で頭を抱え、
苦しそうに息を吐く。
「迷惑なんかじゃない……
ただ……どうしたらいいか……分からないんだ……」
由奈は黙って立ち尽くす。
隼人の声は震えていた。
「——俺は、由奈に離れてほしくない」
その一言は、
隼人の全てが詰まった、本音だった。
由奈の胸が小さく震える。
(離れたくないのは……
私も同じ……)
でも、言えない。
言いたいのに、怖い。
隼人は苦しくて、もう目を合わせられなかった。
「……今日はもう寝よう。
明日……ちゃんと話そう」
それは、
限界まで追いつめられた男の言葉だった。
隼人は寝室へ向かう。
由奈はその背中を見つめながら、
声にならない声を胸の中でつぶやいた。
(隼人さん……
離れたくないのは、私も……)
けれどその一歩を、
誰も踏み出せなかった。
――そしてこの夜を境に、
夫婦のすれ違いは“崩壊の入り口”へ向かっていく。