幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない
第2章 『幼馴染という名の“特別”』
昼休みが終わると、
社内は午後の仕事に向けた静けさを取り戻していった。
由奈はデスクに向かいながら、
資料の準備をする手を何度も止めてしまう。
――“私が支えてあげるから”。
休憩室で麗華に言われた言葉が、
耳の奥でいつまでも消えなかった。
(……支えるのは、妻の私じゃないの?)
そんな当たり前の想いすら、
麗華の堂々とした態度に押し込められてしまう。
それが悔しくて、悲しくて――
でも誰にも言えない。
「片岡さん、その資料……あっ、ありがと」
同僚に声をかけられ、由奈は慌てて笑顔を作った。
(平気。大丈夫。……大丈夫だから)
心の中で何度も唱えながら、
午後の業務に集中しようとした。
けれど。
社内の扉が開く音がして、
明るい声が響く。
「隼人、ちょっといい? 一緒に確認したい書類があって」
麗華。
由奈の手が止まる。
隼人の席の方へ目を向けると、
麗華が隼人の肩の近くにかがみ込んで、
楽しそうに笑っていた。
隼人も――
自然に、優しく笑っている。
“幼馴染”としての距離感。
それは誰から見ても、近い。
由奈が結婚していても、
その距離は変わらない。
いや、むしろ――
最近はさらに近づいているように見えた。
(どうして……?)
胸の奥がスーと冷たくなる。
「……片岡さん?」
隣の席の同僚が怪訝そうに見てくる。
由奈は慌てて微笑んだ。
「すみません、少し考え事をしていて……」
作り笑いの頬が、ほんの少し引きつった。
遠くから聞こえる隼人の笑い声が、
その笑顔の裏にある心の痛みに追い打ちをかける。
麗華の声が弾んだ。
「隼人って、本当こういうところ変わらないよね。
昔から困ると絶対私のところに来るんだから」
由奈の心臓が止まる。
隼人は照れたように笑って、
「昔からの癖だよな。
……悪い、ちょっと麗華のところ行って来る」
“癖”。
“来る”。
“昔から”。
その言葉たちが、
まるで刃物のように胸に突き刺さる。
由奈は何も言えず、
静かに頷いたふりをした。
けれど、隼人の背中が麗華の方へ歩いていくたびに、
胸の奥がぎゅっと縮む。
隼人が麗華の席の横に立ち、
資料の上に顔を寄せる。
麗華は自然に隼人の腕に触れながら、
「ここの数字、もう一回見てくれる?」
と甘い声を出していた。
由奈は机の下で、にぎった手をほどくことができなかった。
(どうして……私じゃなくて麗華さんに……?)
ぽたり、と心に落ちる音がした。
由奈は目を伏せ、
胸の奥に広がる痛みに気づかないふりをした。
――“幼馴染”という言葉が、
こんなにも残酷に響くなんて。
この日から、
由奈の中でゆっくりと大きな不安が育ちはじめた。
隼人に言えない気持ち。
隼人が気づかない距離。
それはまるで、
目の前にいるのに触れられない“透明な壁”のようだった。
社内は午後の仕事に向けた静けさを取り戻していった。
由奈はデスクに向かいながら、
資料の準備をする手を何度も止めてしまう。
――“私が支えてあげるから”。
休憩室で麗華に言われた言葉が、
耳の奥でいつまでも消えなかった。
(……支えるのは、妻の私じゃないの?)
そんな当たり前の想いすら、
麗華の堂々とした態度に押し込められてしまう。
それが悔しくて、悲しくて――
でも誰にも言えない。
「片岡さん、その資料……あっ、ありがと」
同僚に声をかけられ、由奈は慌てて笑顔を作った。
(平気。大丈夫。……大丈夫だから)
心の中で何度も唱えながら、
午後の業務に集中しようとした。
けれど。
社内の扉が開く音がして、
明るい声が響く。
「隼人、ちょっといい? 一緒に確認したい書類があって」
麗華。
由奈の手が止まる。
隼人の席の方へ目を向けると、
麗華が隼人の肩の近くにかがみ込んで、
楽しそうに笑っていた。
隼人も――
自然に、優しく笑っている。
“幼馴染”としての距離感。
それは誰から見ても、近い。
由奈が結婚していても、
その距離は変わらない。
いや、むしろ――
最近はさらに近づいているように見えた。
(どうして……?)
胸の奥がスーと冷たくなる。
「……片岡さん?」
隣の席の同僚が怪訝そうに見てくる。
由奈は慌てて微笑んだ。
「すみません、少し考え事をしていて……」
作り笑いの頬が、ほんの少し引きつった。
遠くから聞こえる隼人の笑い声が、
その笑顔の裏にある心の痛みに追い打ちをかける。
麗華の声が弾んだ。
「隼人って、本当こういうところ変わらないよね。
昔から困ると絶対私のところに来るんだから」
由奈の心臓が止まる。
隼人は照れたように笑って、
「昔からの癖だよな。
……悪い、ちょっと麗華のところ行って来る」
“癖”。
“来る”。
“昔から”。
その言葉たちが、
まるで刃物のように胸に突き刺さる。
由奈は何も言えず、
静かに頷いたふりをした。
けれど、隼人の背中が麗華の方へ歩いていくたびに、
胸の奥がぎゅっと縮む。
隼人が麗華の席の横に立ち、
資料の上に顔を寄せる。
麗華は自然に隼人の腕に触れながら、
「ここの数字、もう一回見てくれる?」
と甘い声を出していた。
由奈は机の下で、にぎった手をほどくことができなかった。
(どうして……私じゃなくて麗華さんに……?)
ぽたり、と心に落ちる音がした。
由奈は目を伏せ、
胸の奥に広がる痛みに気づかないふりをした。
――“幼馴染”という言葉が、
こんなにも残酷に響くなんて。
この日から、
由奈の中でゆっくりと大きな不安が育ちはじめた。
隼人に言えない気持ち。
隼人が気づかない距離。
それはまるで、
目の前にいるのに触れられない“透明な壁”のようだった。