幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない

第40章 『帰宅——壊れかけた心と、隼人の決意』

マンション前についた隼人は、
深く息を吸った。

怒りがまだ胸に残っていた。
麗華の言葉。
偽りの笑顔。
捏造された写真。

（由奈に負担をかけたのは……
俺じゃない。
“あいつら”だ）

拳を握りしめ、
玄関の扉を開ける。

カチャ。

静かな部屋。
灯りはついていた。

リビングに入ると、
ソファに小さく座る由奈の姿が目に入った。

膝を抱え、
震える肩。
泣きすぎて赤くなった目。

（……由奈……）

隼人の胸がきゅっと痛む。

由奈は隼人の姿を見つけると、
怯えたように立ち上がり、
小さな声で呼んだ。

「……隼人さん……」

隼人はゆっくり歩み寄る。

「……由奈」

その声が優しすぎて、
由奈の瞳からまた涙があふれた。

「ごめんなさい……
また……迷惑を……」

「迷惑なんかじゃない」

隼人は即座に否定する。

「由奈。
お前は悪くない。
一つも、悪くない」

由奈の肩が震える。

「でも……
写真を見て……
わたし……また泣いて……
隼人さんに……苦しい思いを……」

隼人はそっと手を伸ばし、
由奈の頬に触れた。

ぬるい涙が指先に触れた。

「泣いたっていい。
苦しいって言ったっていい」

「でも……」

「全部……俺の胸で泣けばいい」

由奈の目が揺れる。

（……こんな風に言われたら……
離れられない……）

隼人はそっと由奈を腕に抱き寄せた。

腕に力が入る。
でも優しい。

まるで、自分の大切なものを
必死に守るように。

「由奈。
俺は今日……全部確かめてきた」

「え……？」

「麗華だ」

その名前に、由奈が震えた。

隼人は続ける。

「由奈を追い詰めたのは、麗華だ。
噂も、言葉も、写真も――
全部」

由奈の胸が大きく揺れた。

（やっぱり……
麗華さん……だったの……）

信じたくない気持ちと、
納得してしまう気持ちが交錯する。

隼人は強く抱きしめる。

「由奈が“負担”なんて、
そんなわけがない」

「……でも……」

「俺はな……由奈」

隼人は涙目の彼女の頬に手を添え、
そっと顔を近づけた。

「由奈がいなきゃ……
駄目なんだよ」

その低い声に、
由奈の胸がぎゅっと締めつけられた。

（……隼人さん……）

「だから、離れるなんて……
二度と言うな」

由奈は泣きながら、
小さく頷いた。

「……言いません……
もう……言わない……」

隼人の腕が震える。

それは怒りではなく――
“失うことへの恐怖”だった。

（こんなにも……
俺は由奈を失いそうだったのか……）

隼人は額をごく近くまで寄せ、
真剣な眼差しで由奈を見る。

「由奈。
もう一度言う。
俺が守る。
何があっても……絶対に」

由奈の目に涙があふれる。

「……隼人さん……
わたしも……
隼人さんのそばにいたい……」

その言葉に、
隼人はほっと息を吐き、
由奈を胸に抱きしめた。

静かで、
優しくて、
震えるほど切ない抱擁。

だが――
この夜はまだ終わらない。

由奈が小さく問う。

「……隼人さん……
麗華さん……これからどうするんですか……？」

隼人の目が、
ゆっくりと鋭く光る。

「……終わらせる」

その声には、
一切の迷いがなかった。

次の瞬間。

由奈のスマホが
再び震えた。

画面には、
新しい“MMS”通知。

送り主：匿名
件名：また現実よ

恐る恐る開いたその瞬間――
由奈は凍りついた。

そこには、
祐真が由奈の肩を抱いている写真が
添付されていた。

そしてメッセージ。

《あなたも同罪よ》

由奈の顔が青ざめ、
隼人の瞳に静かな怒りが灯る。

この夜。
夫婦を引き裂く“第二の罠”が
ついに発動した。