秘めやかなる初恋 〜姉の許嫁に捧ぐ淡雪〜

第29章:遥斗との再会

志穂との和解の兆しが見え始めたことで、雪菜の心には、ようやく安らぎが訪れた。しかし、彼女の心には、まだ乗り越えるべき、もう一つの大きな課題が残っていた。それは、遥斗との再会だった。

志穂は、雪菜が戻ってきたことを心から喜んでくれた。まだ完全に許されたわけではないが、彼女は雪菜を受け入れ、以前のような姉妹関係を築こうと努力してくれた。それは、雪菜にとって何よりの救いだった。

しかし、雪菜は遥斗への罪悪感に苛まれていた。彼の純粋な愛情を拒否し、彼を深く傷つけてしまった。そして、彼の身を引くという決断が、結果的に雪菜と悠真を再び結びつけることになったのだ。雪菜は、遥斗に、直接謝罪を伝えなければならないと感じていた。

悠真もまた、遥斗との話し合いが必要だと考えていた。彼自身が雪菜を奪う形になってしまったことを、遥斗に正直に伝え、理解を求めるべきだと。

ある日、雪菜は勇気を振り絞り、遥斗に連絡を取った。彼の返信は、すぐに来た。
『分かりました。片桐さんが話したいのなら、僕はいつでも構いません』

その言葉は、遙斗が、まだ雪菜への優しさを持ち続けてくれていることを示していた。
約束の場所は、以前、遙斗が雪菜に告白をした、あの公園のベンチだった。

雪菜は、重い足取りで公園へと向かった。遠くから、ベンチに座る遥斗の姿が見える。彼の横顔は、以前よりも少しだけ大人びて見えた。
「西園寺君…」
雪菜が声をかけると、遥斗はゆっくりと振り返った。彼の瞳は、驚きと、そして微かな悲しみを帯びていた。
「片桐さん…お元気でしたか」

彼の声は、穏やかだったが、その奥には、抑えきれない感情が揺らめいているのが分かった。
雪菜は、遙斗の前に立ち、深々と頭を下げた。
「西園寺君…本当に、本当に申し訳ありませんでした。あなたの純粋な気持ちを、踏みにじってしまったこと…深く反省してます」

雪菜の声は、震えていた。
遥斗は、雪菜の言葉を静かに聞いていた。そして、ゆっくりと顔を上げた雪菜の目を見つめた。
「片桐さん、顔を上げてください。あなたは、何も悪くない」

彼の言葉は、雪菜にとって、予想外のものだった。
「僕が、勝手にあなたのことを愛してしまっただけです。そして、あなたが誰を想っているのか、分かっていながら、それでもあなたを追い求めてしまった。それは、僕のエゴでした」

遥斗の瞳は、寂しげだったが、そこには、雪菜を責める気持ちは一切なかった。

「でも…私のせいで、西園寺君を傷つけてしまって…」
雪菜の目から、涙が溢れ出した。
「いいんです。僕は、あなたの幸せを心から願っていましたから。そして、あなたが本当に愛する人の元へ行けるように、と」

遥斗は、そう言って、優しく微笑んだ。その笑顔は、どこか諦めを含んでいたが、それでも雪菜への変わらぬ愛情が滲み出ていた。
その時、遥斗の背後から、一人の男性が近づいてくるのが見えた。
悠真だった。

遥斗は、悠真の姿を認めると、その表情をわずかに引き締めた。
「…一条様」
悠真は、遥斗の前に立ち、深々と頭を下げた。
「西園寺君。私からも、君に謝罪したい。君が、雪菜を深く愛してくれていたことを知りながら、結果的に、私が彼女を奪う形になってしまった。本当に申し訳ない」

遥斗は、悠真の謝罪を、静かに聞いていた。彼の瞳には、悔しさや、嫉妬のような感情が、一瞬だけ浮かんだが、すぐにそれを押し殺した。

「いえ…一条様が謝罪する必要はありません。片桐さんの心を、勝ち取ることができなかったのは、僕自身の力が足りなかったからでしょう」

遥斗の声は、毅然としていた。
遥斗は、ゆっくりと、悠真と雪菜の二人を見つめた。
「片桐さん。一条様。どうか、お幸せに。僕は、遠くから、二人のことを見守っていますから」

遥斗の言葉は、二人の幸せを心から願う、純粋な祝福だった。
そして、彼は、静かにベンチを立ち、二人に背を向けた。
「西園寺君!」

雪菜が、思わず彼を呼び止めた。
遥斗は、振り返ることなく、片手を挙げた。
「さようなら、片桐さん。そして、お幸せに」

遥斗の背中は、夕暮れの公園の中に、ゆっくりと消えていった。
雪菜は、遥斗の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。彼の犠牲の上に、自分と悠真の幸せが成り立っていることを痛感し、雪菜の胸は、感謝と、そして深い罪悪感でいっぱいになった。

悠真は、そんな雪菜の肩をそっと抱き寄せた。
「彼は…私たちに、未来を託してくれたんだ」
遥斗との再会は、雪菜の心に深い傷を残しつつも、彼女に、新たな未来への道を示してくれた。

淡雪色の初恋は、多くの人を巻き込み、傷つけ、そして、それぞれに深い経験を残した。

しかし、遥斗の祝福と、悠真の傍にいる安心感は、雪菜に、これから始まる二人の未来を、前向きに受け入れる勇気を与えてくれた。
彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。
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