顔隠しの林
第十話
「世奈は視界に制限があるから、あんまり動けないよね?」
「うん。正直なところはそうだね」
「龍樹は? いつもみたいに動ける?」
「まぁまぁ動けるとは思う。ってか、史花こそ運動が得意じゃないけど、大丈夫なの?」
「……な、なんとか頑張るから」
私はそう言って、手を伸ばしてみる。
二人ともその手に自分の手を重ねた。
「絶対にみんなで生きて帰るよ!」
「わかった!」
「おっけー!」
気合いが入った。
三人で頷き合って、太助のお墓まで戻る。
「さぁ、早く教えてくれよぅ!」
と、次郎。
「……まず、私から言えることを言う」
世奈が一歩前に出た。
(相談した通りにすれば、きっと大丈夫)
世奈の背中を見ながら、私は自分自身に言い聞かせるように心の中でそう唱えた。
「あんた達全員に話す気はない」
「えっ?」
と、次郎。
「まず、私と史花が教えるのは、ヤエ子さんから」
ヤエ子は世奈をじっと見て、「あはっ、やっぱりね」と笑う。
「あんたは話のわかる人間だと思っていたのよ。あの日だって、簡単について来たものね?」
ヤエ子の言葉に、「どういうこと?」と、世奈を見るけれど、世奈は答えない。
「どうもこうもないよ。昼休みの間に、話しかけたのさ。『林においで、来たら真相がわかるよ』って」
「真相……」
「どうして私達が作者と会えたのか」
「!」
(世奈には黙っていろって言われた、たろじぃが教えてくれた話だ!)
ヤエ子は世奈を指差す。
「あんたが殺した! あんたがふざけて目隠しなんかして、作者を殺した」
「違う!」
と、私は声を張って否定したけれど、世奈は私を振り返り、こう言った。
「いいよ、本当にその通りだから」
「もしかして……、記憶があるの?」
「うーん、はっきりはしていないけれどね。でも目隠しとかよくしていたのは覚えているから、何となくそうなんだろうなって思ってはいた」
「世奈……」
「おじいちゃんに恨まれてるかなぁ?」
「そんなことは絶対にないよ!!」
私は龍樹を見た。
龍樹はサンバイザーの奥から頷いて、
「あんた達はこっちに来てくれよ」
と、太郎と次郎を少し離れた場所に連れて行った。
その様子を見ていたヤエ子が、うんざりしたように「男ってバカだよねぇ」と、呟く。
「……簡単に人を信用してさ。あいつが何をするのか、わかったもんじゃない。あんた達もそうだよ、私に何かするなんて考えないでおくれ。こっちは親に会いたい一心で動いているだけなんだから」
「親って……、会いたいのはお母さんだけなの?」
と、私は尋ねる。
「……おっとうにだって、本当は会いたい」
「置き去りにされたのに?」
「それでも、おっとうだから」
「……」
ヤエ子はお墓の前に立った。
「この花、さっき供えたばかりなのにもうしおれているじゃないか」
「お花を供えていたのは、ヤエ子さんだったんだね」
私は意外な気持ちだった。
意地悪な感じのヤエ子だけど、こんな優しい一面もあるんだ。
「おっとうは賑やかなほうが好きだったから。花でもあれば、少しでも寂しくないだろう?」
そう言ってヤエ子は目を閉じ、太助の墓の前で両手を合わせた。
(今だ)
私はヤエ子の背後にまわり、後ろから二枚の重ねたタオルでヤエ子の顔を隠した。
「!?」
ヤエ子は一瞬慌てたようにジタバタしたけれど、すぐに大人しくなった。
世奈が慎重に、ヤエ子に覆ったタオルの内、上の一枚を持った。
そしてその一枚だけを剥ぎ取った。
「きゃあぁぁぁあああああぁっ」
ヤエ子の悲鳴が鼓膜を揺らす。
ヤエ子はタオル越しに自分の顔に手を当てて、
「あぁぁあっ、いやだ、私の顔、顔がぁあっ!!」
と、呻いた。
左手を伸ばし、太助の墓に触れたヤエ子は、
「たす……けて……」
と、言い残し、しゅるしゅると煙のように消えた。
(退治した……!)
世奈と視線を交わし、頷き合う。
「これが退治ってこと」
と、世奈が泣きそうな声を出した。
「世奈、忘れないで。私達が退治したのは、もう死んでいる亡霊。何人もの顔を食べて、自分達のことしか考えていない悪霊を、いるべき場所に戻しただけ」
「……うん」
「龍樹のところへ行くよ!」
と、私達は龍樹のもとへ急ぐ。
お墓よりも林の奥のほうへ進んでいくと、話し声が聞こえてきた。
「……だから、お前だって知っているんだろう? おっかぁの墓のありかをオレに教えてよ」
次郎の声だった。
龍樹が、
「三人一緒じゃないと教えられない決まりだから」
と、冷静に返事する声も聞こえた。
もう少し近づくと、次郎の小さな背中があることがわかる。
それにしても、林の夜は視界が悪い。
空には星がチカチカ輝いているけれど、暗い中だしお面もつけているから、尚更だと思った。
次郎は見えるけれど、太郎は確認が出来ない。
「何なんだよぅ、お前だって知っているんだったら教えてくれてもいいじゃないか!!」
「怒るなよ、さっき言っただろう? 全員には教えないって」
「でも姉ちゃんにはあの二人が話しているんだろう!?」
そう言って、次郎の背中が小刻みに震えた。
「う、うわぁああんっ!!」
次郎が泣き出して、龍樹に向かって行く。
(助けなくちゃ!)
と、思って走り出した私より、世奈のほうが何テンポか早かった。
視界が狭く走りにくいはずだけど、世奈は全速力で龍樹の元へ走った。
私も慌てて追いかける。
龍樹は次郎に勢いよく体当たりされて、地面に押し倒された。
ポカポカと何度も龍樹の胸を叩く次郎は、小さな子どもでしかない。
世奈が二人の元へ着いて、次郎に「叩かないで!」と声をかけつつ、次郎の肩に手を置き、龍樹から離そうとしている。
乱暴に腕を振り回す次郎の手が、一瞬世奈の顔を覆っているタオルに触れそうになった。
「ダメ!!」
と、私は大声を出し、やっと世奈と龍樹の元へ辿り着いた。
その間も次郎は泣きながら龍樹を叩いている。
私は次郎の背後からタオルを二枚重ねて、彼の顔を覆った。
「!?」
次郎は嘘のように大人しくなって、
「あれ? あれ?」
と、呟いている。
次郎の顔に一番近い世奈を、私も龍樹も見たけれど、世奈は戸惑った様子で、なかなか退治しようとしない。
「オレがやる!」
と、龍樹が次郎を覆った二枚のタオルの内、一枚を剥ぎ取った。
次郎は、
「うわああああぁぁっ」
と、泣き声のような悲鳴を上げて、ヤエ子のように煙になって消えた。
「……消えた」
と、龍樹が少し放心状態になる。
「あはっ」
どこかから、太郎が笑っている声が聞こえた。
キョロキョロしていると、
「やっぱり、そうなんだ」
と、背後のほうから太郎が近づいて来た。
ニコニコしているけれど、低い声で、怒っていることがわかった。
逃げようとしたけれど、太郎の足のほうが早くて、腕を掴まれてしまった。
太郎はそのまま、私のあごをお面越しに掴んで、無理やり視線を合わせた。
「何だよ、お前。結局は知らないんじゃないか?」
と、笑顔の太郎は言う。
「おっかぁの墓のありか、本当は知らないんだろう?」
「……そうとは、言ってないよ」
「嘘だ。嘘は嫌いだ。お前も、この男も、知らないんだ。オレをあざむこうなんて、考えるんじゃないぞ」
世奈が太郎の肩をバシッと叩いた。
「史花を離して!! 乱暴なことをするな!!」
太郎は笑顔のまま、世奈を見た。
「あはっ、あはははっ!! そんなことを言われても、乱暴なのはどっちだよ。次郎のことを消してしまったのは、この女だ」
「……違う、私達みんなでやったの!」
「どっちでもいいんだよ、あはっ! オレが用があるのは、お前だけだ!!」
太郎は私を離し、世奈の腕を掴む。
「さぁ、言え!! おっかぁの墓はどこだ!? あいつが言っていた、娘なら知ってるって!! だからお前を殺すなって!!」
「お父さん……」
「どれだけ待ったのか、わかっているのか? さぁ、言え!! あはっ!! オレが笑っているからって、怒っていないとは限らないんだからな!!」
「そ、そんなの……!」
どうしよう、私達はタツ子のお墓の場所は知らない!
嘘を言ったところで、真実じゃないとわかったら、何をされるのかわからない。
「嘘……」
と、私は呟いた。
「何だ!?」
と、太郎がイラついた声を出す。
「嘘が嫌いって言って、嘘つきはそっちじゃない」
「何だ、いきなり」
「山崎くんになりすまして、嘘をついてたのはあなた!! 顔を奪って別人になりすますなんて最低!!」
(考えなくちゃ)
時間を稼いで、どうにかこの窮地を脱する方法を考えなくちゃ。
「山崎なんか、どうでもいいんだよ!!」
「どうでも良くないから!! 山崎くんをどうしたの!? どうして山崎くんの死体は一度消えたの!? 他の人達だって、一体どこにいるの!?」
太郎は今度は本当に笑って、こう言った。
「あはっ、あはははっ!! 死体が消えた? 顔を食べていたらお前達が近づいてきたから、オレは一度隠れたんだ。そして人を呼びに行っている隙に食べきった。顔を食べたら、邪魔になるだろう? だから草陰に隠しただけだよ!! 他の奴らだって、同じだよ!! あとで林の奥にまとめて捨てたさ!! おっかぁの顔にならないなら、用なんかないんだよ!!」
「……!!」
「あはっ、あはははっ!! 良いことを思いついたよ。お前の顔!」
と、太郎は私を指差す。
「!?」
「お前の顔を、おっかぁに渡すことにした! いいか? 今から作者の娘におっかぁの墓のありかを聞くから、その後お前の顔を持っておっかぁに会いに行く!」
「史花に手を出すな!! 何かしたらただじゃおかないからな!!」
と、龍樹が言うと、太郎はニヤニヤ笑ってこう言った。
「うるさいんだよ、オレは本気だ!」
そして、だらしない口元からよだれを垂らした。
「おっかぁに良い土産が出来た……、あはっ、あはははっ! 喜べよ、お前は選ばれたんだ」
その時、私の持っていたタオルを世奈が取った。
そして、
「史花、逃げて!!」
と、太郎の真正面からタオルで顔を覆うように向かっていった。
「邪魔するなよ!! お前はとっととおっかぁの居場所を教えればいいんだよぅ!!」
太郎が世奈の顔を覆っているタオルを掴んだ。
このままでは、世奈が顔を食べられてしまう!!
考えている暇なんかなかった。
体が勝手に動いた。
後ろから太郎の肩を掴んで、
「世奈から離れて!」
と、太郎の顔を無理やりこちらに向けた。
その拍子に太郎がタオルから手を離すと思ったのに、太郎はタオルを持ったままだったので、世奈のタオルがはらりと落ちてしまった。
「!!」
その気配を察したのか、太郎はニヤッと笑った。
その表情がとても腹立たしく、不快なもののように思えた。
私は咄嗟に自分のお面を取り、世奈のほうへそれを投げた。
「……取ったな?」
太郎の口元からどっとよだれが溢れて、歯がのぞいた。
さっきまでとは違う、尖った、犬のような歯に変わって、太郎自身も興奮状態なのか、はぁはぁと口で呼吸している。
(あぁ、私、こいつに食い殺される……!!)
「ダメだよ、史花!!」
と、世奈の泣き声が聞こえる。
「お面、つけて!! 世奈!!」
「でも!!」
「いいから、早く!!」
泣きながら、震える手でお面をつける世奈を見て、少しホッとした。
私は真正面から太郎と睨み合い、
「あんたに世奈も龍樹も殺させない!!」
と、怒鳴った。
太郎は笑顔を引っ込めて、はぁはぁ言いながら苦しそうに、
「おっかぁに渡すんだ……、おっかぁに食べさせるんだ……」
と、繰り返し呟いている。
(そうか)
私の顔をタツ子の顔にするということは、タツ子が私を食べなくては顔を手に入れられない。
(太郎は私を攻撃できないんだ!!)
そう思った時、龍樹が太郎に体当たりして、私から離した。
「史花を食べるな!!」
馬乗りになって、太郎を押さえつけている。
その隙に私は世奈に近寄り、強引に世奈からタオルをもぎ取った。
太郎の頭のそばにまわり、ジタバタする彼の顔に二枚のタオルを押し当てた。
「世奈!!」
と、龍樹が呼ぶ。
私も、
「世奈、お願い!!」
と、助けを求めた。
世奈は頷き、私達のそばまで来た。
大人しくなっている太郎に、
「あなた達を妖怪として呼び覚ましたお父さんのこと、恨まないであげて」
と、言った世奈は、太郎の顔を覆った二枚のタオルの内、一枚を両手で掴んだ。
そして、そのまま勢いよくそれを剥ぎ取った。
「ぎゃああああああぁぁぁぁっ!!!」
ひときわ大きな声で悲鳴を上げた太郎は、やはり煙のように消えていった。
「……お、終わった……」
と、龍樹が呟き、サンバイザーを取った。
世奈もお面を取って、私を見た。
その目は涙でぐちゃぐちゃで、
「史花ぁ……!」
と、私を抱きしめた。
龍樹も私と世奈を抱きしめて、私も二人を抱きしめ返した。
終わった。
これで、この呪いは解けた……!
空に瞬く星が、まるで「おめでとう」と言ってくれているみたいに、チカチカと輝いている。
それから。
林の奥からは失踪した人達の遺体が発見された。
その中に山崎くんや米田さん、間渕くんのものもあった。
白骨化しているものもあり、これから身元鑑定がされるらしい。
「よくやったね」
と、坂井さんが言った。
放課後の駅前のカフェで、私達三人は坂井さんと向かい合って座っている。
「お兄さんが見つかることを祈っています」
「ありがとう」
龍樹が言いにくそうに、
「あの、貴子さんの先祖の事件をネットに匿名で書いたのって、誰なんですか?」
と、尋ねた。
「あぁ、あの記事ね。誠一さんよ。貴子さんが亡くなって、ずいぶん経ってからだと思う。どういうつもりでネットに載せたのか、私にはわからないけれど」
「……すみません、お父さんが」
「世奈ちゃん、違うの。ずっと、この一連の事件を誠一さんのせいにしていたけれど、本当は私達全員の責任なんだから。だから謝らないで」
「はい」
私は坂井さんに借りていた音声テープを鞄から出した。
「これも、ありがとうございました。どうするんですか? このテープをこれからは……?」
坂井さんはテープを受け取り、鞄にしまってから、
「処分するつもり。『顔隠しの林』は、永遠に日の目を見ないようにしないと」
と、言った。
その時、坂井さんの手がほんの少しだけ震えていて、嫌な予感がしてしまった。
坂井さんと別れて、私達は高台にある公園までやって来た。
そこで待ち合わせをしていたのは、米田さんのお姉さんの亜希さんだった。
「これ、米田さんの手紙です」
と、手渡すと、亜希さんは涙目でそれを受け取った。
「やっぱり生きて帰って来なかった……。史花ちゃん、ありがとう。この手紙、大切にする」
そう言ってから龍樹を見つめて、
「妹のこと、好きじゃなくてもいい。でも、覚えておいてあげてほしい」
と言った亜希さんは、頬に伝った涙を指ではらって、私達に笑顔を見せた。
「じゃあ、私は行くね」
「はい。お元気で」
「うん、史花ちゃん達も」
亜希さんが帰って、世奈が「ふぅっ」と息を吐いた。
「これで、問題はあとひとつだけだよね」
と、私と龍樹の背中をポンっと軽く叩く。
「えっ?」
龍樹と私の声がかぶる。
「私のことは気にせず、お互いに思っていること言ったらどう!?」
「せ、世奈!」
龍樹が慌てた様子で、少し顔を赤くした。
そんな龍樹に『好き』と言われたことを思い出したら、私も顔が赤くなってくる。
「……好きだよ」
と、龍樹に伝えた。
「えっ?」
「本当はずっと前から。覚えていないくらい小さな頃から、龍樹のことが好きだった」
「……史花」
龍樹は少しだけ目を潤ませて、
「その言葉が、ずっと聞きたかった」
と、笑った。
こうして、私達は日常に戻っていく。
いつも通りの家。
いつも通りの学校。
くだらない会話が輝く日々は、青春の瞬間を更新していく。
だけど。
本当に、大丈夫なのかな。
坂井さんは、本当にあの音声テープを処分出来たのかな?
太郎達が二度と蘇らないって保証はない。
林へ連れて行かれたら?
顔を奪われたら?
あの顔隠しの林には、ずっと怨念が残っていく。
タツ子のお墓のありかは、誰にもわからないのに…………。
ーーー完ーーー
「うん。正直なところはそうだね」
「龍樹は? いつもみたいに動ける?」
「まぁまぁ動けるとは思う。ってか、史花こそ運動が得意じゃないけど、大丈夫なの?」
「……な、なんとか頑張るから」
私はそう言って、手を伸ばしてみる。
二人ともその手に自分の手を重ねた。
「絶対にみんなで生きて帰るよ!」
「わかった!」
「おっけー!」
気合いが入った。
三人で頷き合って、太助のお墓まで戻る。
「さぁ、早く教えてくれよぅ!」
と、次郎。
「……まず、私から言えることを言う」
世奈が一歩前に出た。
(相談した通りにすれば、きっと大丈夫)
世奈の背中を見ながら、私は自分自身に言い聞かせるように心の中でそう唱えた。
「あんた達全員に話す気はない」
「えっ?」
と、次郎。
「まず、私と史花が教えるのは、ヤエ子さんから」
ヤエ子は世奈をじっと見て、「あはっ、やっぱりね」と笑う。
「あんたは話のわかる人間だと思っていたのよ。あの日だって、簡単について来たものね?」
ヤエ子の言葉に、「どういうこと?」と、世奈を見るけれど、世奈は答えない。
「どうもこうもないよ。昼休みの間に、話しかけたのさ。『林においで、来たら真相がわかるよ』って」
「真相……」
「どうして私達が作者と会えたのか」
「!」
(世奈には黙っていろって言われた、たろじぃが教えてくれた話だ!)
ヤエ子は世奈を指差す。
「あんたが殺した! あんたがふざけて目隠しなんかして、作者を殺した」
「違う!」
と、私は声を張って否定したけれど、世奈は私を振り返り、こう言った。
「いいよ、本当にその通りだから」
「もしかして……、記憶があるの?」
「うーん、はっきりはしていないけれどね。でも目隠しとかよくしていたのは覚えているから、何となくそうなんだろうなって思ってはいた」
「世奈……」
「おじいちゃんに恨まれてるかなぁ?」
「そんなことは絶対にないよ!!」
私は龍樹を見た。
龍樹はサンバイザーの奥から頷いて、
「あんた達はこっちに来てくれよ」
と、太郎と次郎を少し離れた場所に連れて行った。
その様子を見ていたヤエ子が、うんざりしたように「男ってバカだよねぇ」と、呟く。
「……簡単に人を信用してさ。あいつが何をするのか、わかったもんじゃない。あんた達もそうだよ、私に何かするなんて考えないでおくれ。こっちは親に会いたい一心で動いているだけなんだから」
「親って……、会いたいのはお母さんだけなの?」
と、私は尋ねる。
「……おっとうにだって、本当は会いたい」
「置き去りにされたのに?」
「それでも、おっとうだから」
「……」
ヤエ子はお墓の前に立った。
「この花、さっき供えたばかりなのにもうしおれているじゃないか」
「お花を供えていたのは、ヤエ子さんだったんだね」
私は意外な気持ちだった。
意地悪な感じのヤエ子だけど、こんな優しい一面もあるんだ。
「おっとうは賑やかなほうが好きだったから。花でもあれば、少しでも寂しくないだろう?」
そう言ってヤエ子は目を閉じ、太助の墓の前で両手を合わせた。
(今だ)
私はヤエ子の背後にまわり、後ろから二枚の重ねたタオルでヤエ子の顔を隠した。
「!?」
ヤエ子は一瞬慌てたようにジタバタしたけれど、すぐに大人しくなった。
世奈が慎重に、ヤエ子に覆ったタオルの内、上の一枚を持った。
そしてその一枚だけを剥ぎ取った。
「きゃあぁぁぁあああああぁっ」
ヤエ子の悲鳴が鼓膜を揺らす。
ヤエ子はタオル越しに自分の顔に手を当てて、
「あぁぁあっ、いやだ、私の顔、顔がぁあっ!!」
と、呻いた。
左手を伸ばし、太助の墓に触れたヤエ子は、
「たす……けて……」
と、言い残し、しゅるしゅると煙のように消えた。
(退治した……!)
世奈と視線を交わし、頷き合う。
「これが退治ってこと」
と、世奈が泣きそうな声を出した。
「世奈、忘れないで。私達が退治したのは、もう死んでいる亡霊。何人もの顔を食べて、自分達のことしか考えていない悪霊を、いるべき場所に戻しただけ」
「……うん」
「龍樹のところへ行くよ!」
と、私達は龍樹のもとへ急ぐ。
お墓よりも林の奥のほうへ進んでいくと、話し声が聞こえてきた。
「……だから、お前だって知っているんだろう? おっかぁの墓のありかをオレに教えてよ」
次郎の声だった。
龍樹が、
「三人一緒じゃないと教えられない決まりだから」
と、冷静に返事する声も聞こえた。
もう少し近づくと、次郎の小さな背中があることがわかる。
それにしても、林の夜は視界が悪い。
空には星がチカチカ輝いているけれど、暗い中だしお面もつけているから、尚更だと思った。
次郎は見えるけれど、太郎は確認が出来ない。
「何なんだよぅ、お前だって知っているんだったら教えてくれてもいいじゃないか!!」
「怒るなよ、さっき言っただろう? 全員には教えないって」
「でも姉ちゃんにはあの二人が話しているんだろう!?」
そう言って、次郎の背中が小刻みに震えた。
「う、うわぁああんっ!!」
次郎が泣き出して、龍樹に向かって行く。
(助けなくちゃ!)
と、思って走り出した私より、世奈のほうが何テンポか早かった。
視界が狭く走りにくいはずだけど、世奈は全速力で龍樹の元へ走った。
私も慌てて追いかける。
龍樹は次郎に勢いよく体当たりされて、地面に押し倒された。
ポカポカと何度も龍樹の胸を叩く次郎は、小さな子どもでしかない。
世奈が二人の元へ着いて、次郎に「叩かないで!」と声をかけつつ、次郎の肩に手を置き、龍樹から離そうとしている。
乱暴に腕を振り回す次郎の手が、一瞬世奈の顔を覆っているタオルに触れそうになった。
「ダメ!!」
と、私は大声を出し、やっと世奈と龍樹の元へ辿り着いた。
その間も次郎は泣きながら龍樹を叩いている。
私は次郎の背後からタオルを二枚重ねて、彼の顔を覆った。
「!?」
次郎は嘘のように大人しくなって、
「あれ? あれ?」
と、呟いている。
次郎の顔に一番近い世奈を、私も龍樹も見たけれど、世奈は戸惑った様子で、なかなか退治しようとしない。
「オレがやる!」
と、龍樹が次郎を覆った二枚のタオルの内、一枚を剥ぎ取った。
次郎は、
「うわああああぁぁっ」
と、泣き声のような悲鳴を上げて、ヤエ子のように煙になって消えた。
「……消えた」
と、龍樹が少し放心状態になる。
「あはっ」
どこかから、太郎が笑っている声が聞こえた。
キョロキョロしていると、
「やっぱり、そうなんだ」
と、背後のほうから太郎が近づいて来た。
ニコニコしているけれど、低い声で、怒っていることがわかった。
逃げようとしたけれど、太郎の足のほうが早くて、腕を掴まれてしまった。
太郎はそのまま、私のあごをお面越しに掴んで、無理やり視線を合わせた。
「何だよ、お前。結局は知らないんじゃないか?」
と、笑顔の太郎は言う。
「おっかぁの墓のありか、本当は知らないんだろう?」
「……そうとは、言ってないよ」
「嘘だ。嘘は嫌いだ。お前も、この男も、知らないんだ。オレをあざむこうなんて、考えるんじゃないぞ」
世奈が太郎の肩をバシッと叩いた。
「史花を離して!! 乱暴なことをするな!!」
太郎は笑顔のまま、世奈を見た。
「あはっ、あはははっ!! そんなことを言われても、乱暴なのはどっちだよ。次郎のことを消してしまったのは、この女だ」
「……違う、私達みんなでやったの!」
「どっちでもいいんだよ、あはっ! オレが用があるのは、お前だけだ!!」
太郎は私を離し、世奈の腕を掴む。
「さぁ、言え!! おっかぁの墓はどこだ!? あいつが言っていた、娘なら知ってるって!! だからお前を殺すなって!!」
「お父さん……」
「どれだけ待ったのか、わかっているのか? さぁ、言え!! あはっ!! オレが笑っているからって、怒っていないとは限らないんだからな!!」
「そ、そんなの……!」
どうしよう、私達はタツ子のお墓の場所は知らない!
嘘を言ったところで、真実じゃないとわかったら、何をされるのかわからない。
「嘘……」
と、私は呟いた。
「何だ!?」
と、太郎がイラついた声を出す。
「嘘が嫌いって言って、嘘つきはそっちじゃない」
「何だ、いきなり」
「山崎くんになりすまして、嘘をついてたのはあなた!! 顔を奪って別人になりすますなんて最低!!」
(考えなくちゃ)
時間を稼いで、どうにかこの窮地を脱する方法を考えなくちゃ。
「山崎なんか、どうでもいいんだよ!!」
「どうでも良くないから!! 山崎くんをどうしたの!? どうして山崎くんの死体は一度消えたの!? 他の人達だって、一体どこにいるの!?」
太郎は今度は本当に笑って、こう言った。
「あはっ、あはははっ!! 死体が消えた? 顔を食べていたらお前達が近づいてきたから、オレは一度隠れたんだ。そして人を呼びに行っている隙に食べきった。顔を食べたら、邪魔になるだろう? だから草陰に隠しただけだよ!! 他の奴らだって、同じだよ!! あとで林の奥にまとめて捨てたさ!! おっかぁの顔にならないなら、用なんかないんだよ!!」
「……!!」
「あはっ、あはははっ!! 良いことを思いついたよ。お前の顔!」
と、太郎は私を指差す。
「!?」
「お前の顔を、おっかぁに渡すことにした! いいか? 今から作者の娘におっかぁの墓のありかを聞くから、その後お前の顔を持っておっかぁに会いに行く!」
「史花に手を出すな!! 何かしたらただじゃおかないからな!!」
と、龍樹が言うと、太郎はニヤニヤ笑ってこう言った。
「うるさいんだよ、オレは本気だ!」
そして、だらしない口元からよだれを垂らした。
「おっかぁに良い土産が出来た……、あはっ、あはははっ! 喜べよ、お前は選ばれたんだ」
その時、私の持っていたタオルを世奈が取った。
そして、
「史花、逃げて!!」
と、太郎の真正面からタオルで顔を覆うように向かっていった。
「邪魔するなよ!! お前はとっととおっかぁの居場所を教えればいいんだよぅ!!」
太郎が世奈の顔を覆っているタオルを掴んだ。
このままでは、世奈が顔を食べられてしまう!!
考えている暇なんかなかった。
体が勝手に動いた。
後ろから太郎の肩を掴んで、
「世奈から離れて!」
と、太郎の顔を無理やりこちらに向けた。
その拍子に太郎がタオルから手を離すと思ったのに、太郎はタオルを持ったままだったので、世奈のタオルがはらりと落ちてしまった。
「!!」
その気配を察したのか、太郎はニヤッと笑った。
その表情がとても腹立たしく、不快なもののように思えた。
私は咄嗟に自分のお面を取り、世奈のほうへそれを投げた。
「……取ったな?」
太郎の口元からどっとよだれが溢れて、歯がのぞいた。
さっきまでとは違う、尖った、犬のような歯に変わって、太郎自身も興奮状態なのか、はぁはぁと口で呼吸している。
(あぁ、私、こいつに食い殺される……!!)
「ダメだよ、史花!!」
と、世奈の泣き声が聞こえる。
「お面、つけて!! 世奈!!」
「でも!!」
「いいから、早く!!」
泣きながら、震える手でお面をつける世奈を見て、少しホッとした。
私は真正面から太郎と睨み合い、
「あんたに世奈も龍樹も殺させない!!」
と、怒鳴った。
太郎は笑顔を引っ込めて、はぁはぁ言いながら苦しそうに、
「おっかぁに渡すんだ……、おっかぁに食べさせるんだ……」
と、繰り返し呟いている。
(そうか)
私の顔をタツ子の顔にするということは、タツ子が私を食べなくては顔を手に入れられない。
(太郎は私を攻撃できないんだ!!)
そう思った時、龍樹が太郎に体当たりして、私から離した。
「史花を食べるな!!」
馬乗りになって、太郎を押さえつけている。
その隙に私は世奈に近寄り、強引に世奈からタオルをもぎ取った。
太郎の頭のそばにまわり、ジタバタする彼の顔に二枚のタオルを押し当てた。
「世奈!!」
と、龍樹が呼ぶ。
私も、
「世奈、お願い!!」
と、助けを求めた。
世奈は頷き、私達のそばまで来た。
大人しくなっている太郎に、
「あなた達を妖怪として呼び覚ましたお父さんのこと、恨まないであげて」
と、言った世奈は、太郎の顔を覆った二枚のタオルの内、一枚を両手で掴んだ。
そして、そのまま勢いよくそれを剥ぎ取った。
「ぎゃああああああぁぁぁぁっ!!!」
ひときわ大きな声で悲鳴を上げた太郎は、やはり煙のように消えていった。
「……お、終わった……」
と、龍樹が呟き、サンバイザーを取った。
世奈もお面を取って、私を見た。
その目は涙でぐちゃぐちゃで、
「史花ぁ……!」
と、私を抱きしめた。
龍樹も私と世奈を抱きしめて、私も二人を抱きしめ返した。
終わった。
これで、この呪いは解けた……!
空に瞬く星が、まるで「おめでとう」と言ってくれているみたいに、チカチカと輝いている。
それから。
林の奥からは失踪した人達の遺体が発見された。
その中に山崎くんや米田さん、間渕くんのものもあった。
白骨化しているものもあり、これから身元鑑定がされるらしい。
「よくやったね」
と、坂井さんが言った。
放課後の駅前のカフェで、私達三人は坂井さんと向かい合って座っている。
「お兄さんが見つかることを祈っています」
「ありがとう」
龍樹が言いにくそうに、
「あの、貴子さんの先祖の事件をネットに匿名で書いたのって、誰なんですか?」
と、尋ねた。
「あぁ、あの記事ね。誠一さんよ。貴子さんが亡くなって、ずいぶん経ってからだと思う。どういうつもりでネットに載せたのか、私にはわからないけれど」
「……すみません、お父さんが」
「世奈ちゃん、違うの。ずっと、この一連の事件を誠一さんのせいにしていたけれど、本当は私達全員の責任なんだから。だから謝らないで」
「はい」
私は坂井さんに借りていた音声テープを鞄から出した。
「これも、ありがとうございました。どうするんですか? このテープをこれからは……?」
坂井さんはテープを受け取り、鞄にしまってから、
「処分するつもり。『顔隠しの林』は、永遠に日の目を見ないようにしないと」
と、言った。
その時、坂井さんの手がほんの少しだけ震えていて、嫌な予感がしてしまった。
坂井さんと別れて、私達は高台にある公園までやって来た。
そこで待ち合わせをしていたのは、米田さんのお姉さんの亜希さんだった。
「これ、米田さんの手紙です」
と、手渡すと、亜希さんは涙目でそれを受け取った。
「やっぱり生きて帰って来なかった……。史花ちゃん、ありがとう。この手紙、大切にする」
そう言ってから龍樹を見つめて、
「妹のこと、好きじゃなくてもいい。でも、覚えておいてあげてほしい」
と言った亜希さんは、頬に伝った涙を指ではらって、私達に笑顔を見せた。
「じゃあ、私は行くね」
「はい。お元気で」
「うん、史花ちゃん達も」
亜希さんが帰って、世奈が「ふぅっ」と息を吐いた。
「これで、問題はあとひとつだけだよね」
と、私と龍樹の背中をポンっと軽く叩く。
「えっ?」
龍樹と私の声がかぶる。
「私のことは気にせず、お互いに思っていること言ったらどう!?」
「せ、世奈!」
龍樹が慌てた様子で、少し顔を赤くした。
そんな龍樹に『好き』と言われたことを思い出したら、私も顔が赤くなってくる。
「……好きだよ」
と、龍樹に伝えた。
「えっ?」
「本当はずっと前から。覚えていないくらい小さな頃から、龍樹のことが好きだった」
「……史花」
龍樹は少しだけ目を潤ませて、
「その言葉が、ずっと聞きたかった」
と、笑った。
こうして、私達は日常に戻っていく。
いつも通りの家。
いつも通りの学校。
くだらない会話が輝く日々は、青春の瞬間を更新していく。
だけど。
本当に、大丈夫なのかな。
坂井さんは、本当にあの音声テープを処分出来たのかな?
太郎達が二度と蘇らないって保証はない。
林へ連れて行かれたら?
顔を奪われたら?
あの顔隠しの林には、ずっと怨念が残っていく。
タツ子のお墓のありかは、誰にもわからないのに…………。
ーーー完ーーー


