「こぶた」に婚活は難しい〜あなたの事なんて、狙ってませんから。〜

それぞれのエピソード〜1人目①〜

「じゃあまた明日食堂で会おうね。Pちゃん。」
高坂さんが笑顔で手を振る。
倫子は思い切り(べー)と舌を出すと返事もせずに駅の方へ向かった。

そんな彼女をクスクス笑いながらしばらく見送っていた所に、スマホが鳴った。メッセージを見て(やば。忘れてた)と急いでタクシーを拾った。
着いた場所は銀座の料亭。
引き戸を開けて中に入ると、女将が出迎えた。
「高坂様。お久しぶりで御座います。皆様、中でお待ちです。」
「ああ、女将。久しぶり。」
高坂は奥の間に通された。入口の襖の前で女将が中に声をかける。
「堂本様。高坂様がお見えになりました。」
「ああ。通してくれ。」
失礼致します、と女将が襖を開けた。
中には50代位の男性と30代位の男性が座っていた。
年配のほうは座っているのに貫禄がある。もう1人のほうは優しげな顔つきで、動作のひとつひとつに品があり、ちょうどお酌をしているところだったが絵のように綺麗だった。
「じゃあ女将。始めてくれ。」
「かしこまりました。」
高坂が中に入るとスッと襖を締めた。
「凌君。遅かったじゃないかー。」
さっきとは打って変わった甘えた声色。先ほどの貫禄は消えて、久々の息子との対面にくしゃっと表情が崩れた。
「こら。時間は守りなさい。」
もう1人の男性、高坂の兄で堂本隆史(どうもとたかし)は弟を嗜めつつも目は笑っていた。
「悪い。2人とも待たせて。」
高坂は2人と向き合うように席に着いた。
「実はーーー。」
と今日の婚活ツアーの話をした。
「ああ。前からお前が話していた子か。」
「そうPちゃん。」
父親にビールを注いで貰いながら話を続ける。
「今日やっと仲直り出来たんだ。」
高坂が嬉しそうに話したところで、乾杯をした。
今日は月1回の恒例の食事会。
実は高坂は堂本グループの会長の息子で、諸々の事情から母方の性を名乗っている。その事を知っているのはグループでも上層部の一部しかいない。
「そうか。それは良かったじゃないか。しかし、その“Pちゃん”と言う呼び名はどうかと思うぞ。」
父の勲(いさお)が苦笑いをした。
「なんでかな。“ピュアなPちゃん”。ぴったりだと思うけど。」
父と兄は顔を見合わせた。
昔から高坂のネーミングセンスは最悪だったが本人は全く気づいてない。


< 18 / 22 >

この作品をシェア

pagetop