「こぶた」に婚活は難しい〜あなたの事なんて、狙ってませんから。〜

それぞれのエピソード〜3人目〜

バタン!

高級車のドアを開け、大林は車に乗り込んだ。
「社長。お疲れ様でした。」
「ああ。自宅まで頼む。」
「かしこまりました。」

車は流れるように動き出し、都心の高層マンションに向かった。

「いかがでしたか?再開発地域の下見は。」
「ああ。なかなか興味深かったよ。」
タブレットを取り出し、仕事を始めようとしたがふと気が削がれた。大林は窓の外を眺めた。
「どうかされましたか。」
秘書の中山は、いつもと違う大林の様子に気づき聞いてきた。

「ああ。実は今日のツアーに参加していた女性が興味深くてね。彼女の食の知識を聞いたお陰で、再開発の方向性を検討し直そうと思っているんだ。」
中山は驚いた。社長が方針を変える?今までそんな事があっただろうか。

「…珍しいですね。社長が変更なさるとは。」
運転しながらミラー越しに社長の顔を見る。
その顔が笑顔だったので、中山はさらに驚いた。

「良い事でもあったんですか。」
中山は好奇心が抑えられない。何時もは冷徹と言われるほど、仕事の依頼に感情など入れたことがない。
今回も再開発事業の一環で、亀田ハッピー商店街の立ち退きを進めるために、ツアーの参加者を装い下見をするのが目的だった。

「ん?ああ、そうだな。商店街の店舗の商品のクオリティが高かったから潰さず、残そうと思っている。もちろん、今のままでは無理だが。」
大林は倫子と回った時の事を思い返していた。
久しぶりに楽しい時間だった。彼女は真っすぐで、食べ物の事になると表情がクルクルと変わって、見ていて楽しい。知識も豊富だった。
倫子の案内がなければ店舗に入る事などなかっただろう。
(食事を楽しむなんて何年ぶりだろう)
そう言えば。高坂と言う男。どう言う手管を使ったのか、彼女と上手くいっていた。私と同じく、婚活が目的には見えなかったんだが。

(林さんとはもう一度会って、食事がしたいな。あの知識をぜひ会社で活かしてもらって……)

窓の外を見る大林の表情が一段と和らいだ事に気づいたのは秘書の中山だけだった。


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