天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
街路樹の桜が見える病室に、志季子が移って一週間が経つ。
葉桜が春の終わりの陽気に眩しい。
点滴のバッグがきらりと煌めく。
幸いなことに自発呼吸が安定したため、ICUを出たのだった。
呼吸が安定したときは、きっとすぐに目が覚めるだろうと思った。
今日が無理なら明日。
毎日そう思う。
明日には目を覚まし、笑いながら憎まれ口を叩いてくるに違いない。
毎日それの繰り返し。
「あーあ、痩せちゃって。目、覚ましたら好きなもん食わせてやるからそろそろ起きたら?」
俺はベッド脇の丸椅子に座り、志季子の腕を撫でた。ぴくりとも動かない。
志季子がこうなってから、俺は自宅に帰っていない。仮眠室で眠り、当直室でシャワーを浴び、公休日はずっとそばにいる。
離れるのが怖かったのもあるし、あの家にひとりでいる想像をするとおかしくなりそうだったからだ。
キッチンや彼女の部屋を半狂乱で名前を呼び彼女を探す俺が、簡単に想像できる。君の焦げた焼き魚が食いたいよ。
「志季子」
俺は目を細め、優しく彼女の耳を撫でる。
こうするといつも志季子はくすぐったがって、目を三日月みたいに細めて笑った。
痩せ始めた頬をむにっと片手でつまむ。
ヒヨコみたいだとからかうと、いつだって唇を尖らせて俺を睨んだ。
甘える目で。
「なー……志季子」
声が掠れていた。
「温泉行こうか。はは、俺、温泉以外で君の行きたいところ知らないな。バカの一つ覚えってやつ」
俺は笑いながら彼女の頬を撫でる。
「どこでもいいよ。ピラミッドでも南極でも、宇宙でも。どこへだって連れて行くから」
だからいい加減、目を覚ませ。
息が詰まる。
目の奥が熱くなって必死で俺はそれをとどめる。
泣いたら、終わってしまいそうで怖い。
なにが終わるのかは俺にもわからない。
ただ、全部、全てが終わってしまいそうで、それが怖い。
「好きだよ、志季子」
返事はない。