天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
吉武の視線の先には池があった。昼の日差しにぬるんだ水の中で、錦鯉が鮮やかな鰭を翻す。
「ここの鯉、本当に綺麗ですよね。そういえばこの間、お庭のメンテナンスの方がいらしてて。この鯉がいる池の掃除を横で見学させていただいたのですが、あれはすごく大変ですねえ。鯉を傷つけないようにしないといけないし、鯉はびちびち逃げるし」
「コイコイコイコイうるさい」
「ええっ、なんでですか、理不尽な」
不満げに眉を寄せる吉武を無視して、車を停めているガレージへと向かう。
吉武が助手席側のドア付近でうろうろしていた。
「どうした」
窓を開けて聞くと、吉武は「どこに乗ればいいのでしょう」と少し困った顔をした。
あまりこいつは、こういう顔をしないから妙に新鮮に見えた。
「どこにって、好きなところに座れよ」
「あー。あまり人に乗せてもらうの、慣れていなくて。すみません」
俺はため息をつきながら、「助手席」と指示をする。吉武は「お邪魔します」と俺の横に座った。
「普段は運転係なんですよ、私」
シートベルトをつけながら、吉武は言い訳のようにつぶやく。
「へえ? 車を持っているなら、これの横にとめておけばいい」
「こんな高級車の横に車庫入れは遠慮したいんですが……というか、マイカーではなくてシェアカーです。友達と旅行とか行く時は、私が運転することが多くて」
「旅行?」
ほらまた、俺はなんでいちいち気にしてるんだ? 阿呆らしい。
「高校の友達と、近場の温泉程度ですけど」
へえ、と口の中で呟いた。温泉が好きなのか? それとも旅行が好きなのか?
友達って、内科病棟にいる看護師の友達か。……男友達も一緒なのか?
気になるなら聞けばいいのに、うまく言葉にならない。そんなこと聞いてどうするんだと理性が俺をとどめているせいだ。