天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
俺の人生に、1ミリも関係ないだろう?
そう思い無言になった俺に、吉武は笑う。
「得意なんですよ、運転」
「なら運転するか?」
「いえ、この車はちょっと」
「趣味じゃないか」
国内メーカーのプレミアムブランドの車を購入したのは、単に知人に勧められたからだ。
「そうじゃないですよ。かっこいい車だって思いました。センスいいなって」
俺は答えないまでも、なんだかむずがゆい。
「ただ、ちょっと擦ったりしちゃいそうで……」
「人を轢かなきゃいい。好きに使え。保険は書き換えておく」
「ええっ、そ、そんな。申し訳なさすぎるので」
吉武はとても珍しいことに恐縮している。だいたいにおいて、堂々としている奴なのに。
渋谷のコインパーキングに車を停めると、吉武が悲鳴を上げた。
「三十分四百円? すでに電車代を超えていますよ」
「こんなもん、土地代だろ? 出せなんてケチくさいことは言わないから心配するな」
「これだから、セレブとは金銭感覚が合わないのよ」
吉武がひとりごとのように呟いてから唇を尖らせ、俺は肩をすくめる。
一緒に雑踏を歩く。
吉武はよく喋る。喋り続けている。
俺はまともに返事すらしないのに、彼女の声を、ひとことを、聞き漏らすまいと耳を傾けている。
目当ての家具ブランドのビルに入り、ちらっと案内板を見る。
吉武が欲しがっている本棚は四階か、と歩き出そうとした俺の服の裾を、くいっと誰かが遠慮気味に引っ張る。
振り向けば、吉武が俺を見上げて笑っていた。
「あっちでソフトクリーム食べられるから、食べちゃいません?」
いいけど、のような、思春期の中学生みたいな反応になってしまった。妙に心がざわめいて、唇がむずむずする。
「カフェも入っているのか」
と、メニュー表を見ればかなりリーズナブルな価格だった。俺は眉をしかめる。採算は取れているのか? どうやってるんだ、この値段。
「車出していただいので、ここは奢ります」
吉武はさらりと告げて、颯爽とレジに並ぶ。
「奢るって君なあ、税込み百円も行ってないぞ」
俺のつぶやきは彼女には届かなかったらしい。
そのままぼんやりと店内を眺める。
低価格なカフェであることと、渋谷という立地のせいだろう、学生くらいの年代が多い。あとは子供連れの若い夫婦と、俺たちくらいの年代の男女が多いように見えた。