天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
「ですから」
こほん、と吉武は咳払いをして続けた。
「先生にとって、全ての命は尊いものなのですね」
「ん?」
「平等に、意味がある。いや、ないのかな? 意味なんかなくても、生きているだけで素晴らしいと思っている気がします。だから生かしたいんだ」
確かに、そのあたりは両親から叩き込まれたと思う。ただ、それだけじゃない。
「いや、単に……目の前で人が死にかけてたら、救うだろ?」
思い出す。俺だってそうやって救われた。
万能感でいっぱいだった子供のころ、事故で投げ出された俺を救おうと大勢が動くのを痛みで滲む意識の中見つめていた。ひとりで命は救えない。
わかっていたのに、いざ救命する立場になり必死すぎて視野が狭くなっていた俺を諫めたのは、目の前にいるこいつだ。
研修医時代の吉武……。
「そのために自分を犠牲にすることができる人は、ほんの一握りなんですよ」
「はあ?」
本気で理解できない俺に、吉武は笑った。
「先生にはわからないでしょうね。自分より他人を優先できる人って、案外少ないんですよ」
「俺は常に俺優先で生きているが?」
三階に向かうエスカレーターに乗りながら、俺は首を傾げる。今度も吉武が前。彼女が振り向くと、目の前に吉武の凛とした顔がある。
「それが結果として自己犠牲になっているんですよね。先生は」
「わからん」
「わからなくていいです。でも先生、全ての命の責任を先生が取る必要はないんですよ」
「わかってる」
答えながら苦く思う。俺は目の前で人が死ぬのが嫌いだ。