天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
初めてそれに触れたのは研修医のときだ。
手の施しようがなかった。
今の俺でも救命できなかったと思う。
でもあのときの悔しさが忘れられない。
必死で掬い上げているのに、指の隙間を命が零れ落ちていく感覚。
もうあれを味わいたくなくて、俺は必死にもがいている。それでも救えない命。
「うん、すっきりしました。これで心置きなく先生を尊敬できます」
いいことを言われたような気もするし、失礼なことを言われた気もする。おれは恥ずかしいような微妙な感情になりながら、吉武と本棚を見繕い始める。
「決めた。これにします、組み立ても簡単そう」
「小さいんじゃないか? 大きい本棚がよければ、別の店でも付き合うが」
ここは都心型の店舗なせいか、あまり大きな商品は扱っていないようだ。
「でも先生のお家にいるしばらくの間だけなので、そう大きくなくても」
俺はぎゅっと心臓を潰されたような気分になった。
そうだ、こいつはしばらくしたら出ていく。
池崎を蹴り落とせばすべて終わる。
認めたくないが、あいつらによってもたらされた"とあるストレス"が俺の病気の症状を強くしている。
「……そう、だな」
「あ、本棚だけに?」
楽しげな吉武の頬をまた片手で掴みヒヨコにしてから、再び二階へ戻る。
そこで持ち帰り用に段ボールに詰められた本棚をピックアップした。
「あ、持ちますよ」
「えっちらおっちらされたら邪魔だからいい」
「し、失礼な……あのトランクが重すぎたんです」
ぶうぶう言う吉武が出ていかなければいいのにと思う。
※※※
病院の後継と目される俺と形式上「婚約者」になった吉武にどんな変化があったのか、俺はあまり知らない。
彼女の友人に『お姫様にしてやって』と言われたくらいで……姫ってなんだ?
まあなんにせよ、俺はその立場にない。どっかの誰かが、いずれ彼女をそうするんだろう。
想像すると、なんだかイラっとした。