天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
そのイライラを抱えながら、病院から大学のほうに向かっていたのには訳がある。
来年には渡米する園岡教授から、いままでの俺に関するデータを受け取るためだ。
渡り廊下に出ると強い風が白衣を揺らした。肌を切るような冷たさに鋭利なものが混じる。
「雪か」
俺は空を見上げた。暗い空に鼠色の分厚い雲がかかっている。
大学棟に入ると、廊下に怒鳴り声が響き渡っていた。
かなり遠くからのようだが、それでもも聞こえるくらい大きな声だ。
反響して音が割れているが「このくず」だの「頭に脳が入っているとは思えない理解力」だの、聞くに堪えない罵倒の連続だった。
「ずっと言い続けているだろう、お前がいるだけでチームの輪が乱れるんだよッ! おーまーえーが! いらないんだ、不必要なんだ、お前のせいで全員が迷惑しているんだッ!」
俺は脚を速める。
俺だってそう褒められた性格はしてない。吉武にだって“俺様”だとからかわれる。
だが今聞こえる言葉は明らかにラインオーバーだ。
止めなければいけない。
それは後継候補としてすでに理事でもある俺の責務だ。
「聞いているのかッ! なんとか言えよ、吉武ッ」
速めた脚を、一瞬止めそうになる。
吉武?
「いい気になりやがって! どうせオレのことだって婚約者様に言いつけるんだろう、このクズが。いいよなあ、女はちょっと色目を使うだけで出世できて」
バン! と何かを、おそらく机だろうが、そういったものを叩く音まで聞こえた。
続いて、最近聞きなれた声が「そんなことしません」と言っているのが微かに聞こえる。
瞬間、想像したのは。
男に怒鳴られ、威圧され、恐怖で身体を震わせ涙目で下を向き、それでも必死で「していない」と首をふる吉武の薄い背中だった。
気が付けば走り出していた。身体の中が煮立つように熱い。
クソが、誰のモンに怒鳴り散らしてんだ、俺のだぞ?
自然とそう、考えていた。
階段を段飛ばしで駆け上がる。怒鳴り声がだんだん近くなっていく。
「オレがなんで怒鳴っているか分かるか? お前の理解力がなさすぎるからなんだよォッ!」