天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
グッと唇をかみしめる。
どうやら現場は内科第二講座の研究室らしい。ということは佐内教授か、と顔を思い浮かべる。
園岡教授も苦手だと漏らしていた、パワハラ気味の内科教授だ。理事会でも時折問題に上がっているが、決定的な証拠がないため毎回口頭注意で終わっていた要注意人物で、同時に俺の遠縁の息がかかった“池崎派”の人間でもあった。
「毎回毎回、口を挟んでくるのを辞めろ、迷惑! 迷惑しているんだよこっちはよお!」
研究室のドアノブに手を伸ばしたその瞬間、聞えてきたのは吉武の「じゃあ、教授」という淡々とした声だった。
「どうして私が今、怒鳴られてあげているか、ご存じですか?」
「は……?」
佐内がぽかんとした声を上げた。
吉武のあまりに余裕たっぷりの声に、俺も思わず立ち止まる。
扉の窓越しに、彼女がニコッ! と笑う横顔に目が釘付けになる。
「なーんで、私がここ数か月、教授からパワハラを受け続けてあ、げ、た、のか。教えて差し上げます」
吉武が抱えていた書類を机にばらまいた。
教授が「なんだこれは」と呟いたあと、すぐに真っ青な顔になって無様な格好で書類をかき集め始める。
「おいっ。なにをやっているんだ、手伝えっ」
教授が怒鳴って、俺は研究室内にほかにも医師や学生がいたことに気が付く。だが、誰一人として動かない。
「お、おいっ。オレの言うことが聞けないのかっ」
「無駄ですよ、教授。それはただのコピー。本物は別にあります」
「消せ、データを、いますぐ……」
「ふふ、嫌です」
そう言って吉武は前髪をかき上げ、目を半目にして机に這いつくばるように書類をかき集める佐内を見下ろした。
「私があなた程度に屈するような、そんな弱い女に見えてました?」
そう言って、快活に唇を上げる。
「証拠を集めている間、おとなしくしてただけです」
「う、裏に香月くんたちも噛んでいるのか?」
弱弱しくなった教授を見下ろし、本心から不思議そうに吉武が首を傾げた。
「あなた程度の男に、お忙しい香月先生の手を煩わせろと? まさか!」
オーバーなほど両手を広げてみせる彼女からは余裕が伝わってくる。
「う……うう……」
ガクリと肩を落とした教授と、フン! と両手を腰に当て胸をはる吉武。その彼女の周りに、学生たちがワラワラと集まって来た。
「吉武先生、ありがとうございました」
「もう、僕たちどうしようかと」
「いいよ、私がイラっとしただけだから。じゃ、上にこれ持っていくね。教授はそのコピーあげますから、よく読んで反省しててくださ……香月先生?」
扉を開くと、吉武がいつも通りの顔で首を傾げた。
俺は思わず噴き出し、そのまま腹を抱えて笑った。一体なにがあったか知らないが、とにかくツボに入ったのだった。
※※※
「佐内、パワハラだけじゃなかったのか」
「はい。論文の剽窃その他もろもろ。あの書類はその証拠でした。何か月前かなあ、夏ごろに、たまたま泣いてる学生見かけて話を聞いて、腹が立っちゃって。でも理事会ってそこまで役に立たないでしょう? ほら、先生のご親戚とかが元気にご発言なさったりするものだから」
吉武の皮肉に肩をすくめる。
「それで、一気に片付けようと証拠集めをしていたんです」
自宅のキッチンで、コーヒーを飲みながら吉武の話を聞いているところだ。