天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】

 恋したとたんに、弱気になる。離れたくないから、怖い。

「私がちょっと物珍しいから、気になってるだけじゃなにですか」
「違うよ」

 柔らかな声だった。そのまま彼は私の頭に頬を寄せ、ぎゅうっと私をさらに強く抱きしめる。

「でも、私、可愛くないし」

 思い出したのは、高校時代の白雪姫だった。私はお姫様に選ばれなかった。みんな『志季子の王子様が見たい』って目を輝かせた。私が求められているのは、王子様を待つことじゃなくて、白馬に乗ってお姫様のもとに駆け付ける役目だ。

 可愛い私は、求められてない。

「可愛いよ」

 でも宗司さんは断言する。

「君が理解するまでずっと言い続ける。いや、分かってたって言い続ける。可愛いって」
「そんなこと、言われたって」
「君は可愛い」

 宗司さんは私の額にキスをして、また頬ずりしてくる。

「命を……いや、この手をかけてもいい」

 私はバッと彼を見上げた。人を救う手、彼にとってもっとも大切なもの。

「愛してる、志季子」

 蕩けるようなまなざし。愛されていることを、疑いもできないまっすぐな瞳……。

「バレンタインにしようかな」
「え?」
「プロポーズ」

 そう勝手に決めて彼は笑う。そういうところも好きになっている私はおかしいのかな?
 でも……と思う。
 私も、ちゃんと言おう。チョコレートのお菓子なんて作ったことないけど、バレンタインらしくそうやって想いを告げよう。そう考えながら、きゅっと彼の服の裾を握った。



 そこからしばらくは平和だった。
 表面上は、の話だ。
 病院の後継を決める水面下の争いは医局と大学を巻き込み熾烈さを増していた。
 噂話や雰囲気に疎い私ですら、ギスギスした雰囲気を感じることもある。

 当事者の宗司さんはもっと感じているだろう。

 とはいえ、救急をはじめとした医局のほとんどはもともと宗司さん指示だ。だからこそ、池崎派の外戚の皆さまは外部から自分たちの息のかかった医師を招聘している。「人手を増やせ」というのは宗司さんの希望で、「なら人事は我々が」という形になっているようだ。政治バランスって難しすぎる。

「苦しいですか?」

 自室のベッドで薬剤がたっぷりの点滴を受けながら脂汗を浮かべる宗司さんに尋ねる。

「まさか」

 予想通りの強がりが、強気な微笑みと一緒に返ってくる。
 私は椅子に座り、彼の額に手で触れる。
 こうすると彼が少し楽になるのを知っているから。

「心地いい」

 宗司さんはゆったりと目を閉じる。少し眠るといい。
 彼が眠り、落ち着いたのを確認してから、キッチンでブラウニーの試作を作る。

「うーん……この焦げはなぜ……」

 わかったのは、お菓子は料理以上に緻密だということだ。
 カレンダーを見れば、バレンタインデーまで、あと一週間…。



「わけがわからないんだけど、とにかく毎日持ってくるこの焼け焦げたブラウニーは、あなたが香月先生にバレンタインチョコを試作しているとみていいのよね?」

 せっかく作ったものを捨てるわけにもいかず、自分だけで食べていたけれどさすがに胃もたれしてきた。
 そこで、亜香里や川上さん達にもおすそ分けというか、押しつけというか、とにかく食べてもらっているわけなのだけれど。

「ま、これだけ焦げてたら食中毒の心配はないわね」
「抉ってくるわね、亜香里」
「ふふん」

 夕方、退勤前に医局に寄ってくれた亜香里はブラウニーをペロリと食べると、「まあ」と優しく微笑んだ。

「最初よりはサマになってるんじゃない? 大丈夫よ、あの先生なら真っ黒こげだろうが喜んで完食するわ」
「ありそうで怖いのよ」
「あはは、ごちそうさま」

 亜香里がコートをはおり、医局を出ていく。
 私はその背中を見送りながら、デスクの引き出しを引いた。読んでいた学術誌に掲載されていた論文に貼る付箋が必要だったのだ。

「この治療法、宗司さんの症状にもかなり効果あるんじゃないかな……」
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