天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】

 アメリカのとある大学から発表されたばかりの、自己免疫疾患の最新の治療法だ。
 血液中の組織を使い、炎症をおさえるという基本の考え方は同じなのだが、使われる成分が違う。
 とある免疫抑制因子複合体の働きをブロックするのだ。

 寛解まで持っていけるかも。
 宗司さんが生き生きと動く姿を想像し、胸が熱くなった。

「……あれ?」

 付箋が思っていた場所とは違うところにある。

「誰か勝手に付箋使いました? 別にいいんですけど、言ってください」

 私が医局でパソコンを見ている他のドクターに聞こえるように言うと、「僕じゃない」「オレじゃないよ」と言葉が返ってくる。

「さっき佐内教授がうろうろしていたから、勝手に使ってたかも」

 同期がひょいっと顔を出し、そんな報告をしてくれる。

「ああっ、教授、そんな地味な嫌がらせを……」
「はは、佐内さん、発言権完全に失ったもんねえ」

 ふたりで苦笑し、とりあえず発見次第とっちめると心に決めた。
 まあ貴重品を置いているわけでもないし、付箋の一枚二枚別にいいのだけれど、勝手に触られるのは気分が悪い。

 とりあえずざっと論文を読み込み、宗司さんにも報告しようと学術誌を鞄に突っ込んだところで、園岡教授から内線が入る。

「はい、吉武です」
『ああ、園岡です。そのまま聞いてくれるかい、香月くんのことだ』
「はい」

 頷きながら、ちらっとあたりを伺う。宗司さんの病気のことは、知られてはいけない…。

 教授は学術雑誌のタイトルを口にした。ちょうど私が読んでいた論文が掲載されているものだ。

「はい、ちょうど読んでいました」
『これ、僕が春からお世話になるアメリカの知人なんだ』
「え……っ」
『もし彼さえよければ、治療プログラムに参加させてもらえないか頼んでみる。三月の末に空きができたそうなんだ。ただ、こちらでやれることはやって、アフターフォローも日本でできたとしても、最低でもあちらでの治療に一週間、検査なんかも合わせれば二週間は渡米する必要がある』

 私は一瞬黙る。
 おそらく教授も同じことを考えている――宗司さんが現場を長期間離れる決断をするとは思えない。

「……説得してみます」

 宗司さんのためだけじゃない。治療結果の良しあしによっては、日本国内での治療法に大きな弾みがつくことになる。他の患者が救われるのだ。誰もかれもが渡米できる資金があるわけじゃない、国内で同じ治療が受けられるのが一番だ。

 受話器を置いたあとも、私は動けなかった。千載一遇のチャンスだ。でも宗司さんは、自分より患者優先がデフォルト。果たして動いてくれる……?
 入院中の患者の指示をざっとまとめてから医局を出た。
 通用口から外に出ると、びゅうっと冬の風が吹き付ける。マフラーをまき直し、駅に向かう道を歩き始めた。


「いま帰りですか、吉武先生」

 ふっと横に誰か並ぶ。顔を上げると、切れ長の目が印象的な端整な細面、亜香里いわくの“爬虫類系イケメン”な池崎先生だった。
 とりあえずは私の敵。

「お疲れさまです、池崎先生」

 にこっと微笑むと、池崎先生も目を細めた。

「遅くまで熱心に論文読み込まれてましたね」
「ああ、いえ……なかなか知識が皆さんに追いつかなくて」
「ご謙遜を。前々から思っていたんですが、吉武先生はなにかと謙虚な性格ですよね」
「ふふ、そうでもないですよ」
「そんな謙虚な吉武先生でも、恋愛が絡むと傲慢で横柄になられるのが不思議なものですよねえ」

 二月の風が髪を揺らし、耳がジンと冷える。

「……傲慢?」

「はい。なにしろ略奪愛ですから」
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