天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
「あ……」
声が掠れた。池崎先生がのんびり「座ってください」とか、「おすすめのワインが」とか言っていたけれど、構わず店を飛び出した。
走って駅に戻る。来た電車に飛び乗り、宗司さんの家の最寄り駅の改札を飛び出たところで誰かに抱きすくめられた。
ハッと顔を上げると、スコンと表情が抜け落ちた宗司さんがいた。
セーターにジーンズ、分厚いコート姿。手がかなり冷えている……ずっとここにいたの?
「宗司、さん……」
「君。医局で夕食なんて嘘だったよな」
声まで平坦だ。
怒っている。
何に? ……許嫁に会ったことに?
まさか、彼は私が誰に会ったかなんて知らない。
「君の様子が変だった。勘だがな。それで内科の医局に顔を出した」
微かに彼が笑う。でも目の奥がシンと冷えている……いや、グラグラと激っている。
ひゅっと息を吸い、彼の腕から逃げ出そうとしたけれど無意味で、あっという間にロータリーに停めてあった車に放り込まれ、シートベルトまでつけられる。
「全く、俺のお姫様はなにもわかってないよなあ。逃げられないんだよ、志季子。最初からそんな選択肢は君になかった」
エンジンをかけながら宗司さんは淡々と告げる。
「俺は寛大だから、君に考える時間を与えてただけだよ、志季子――なあ、誰と会ってた?」
「それは」
喉の奥が詰まる。どうしても言葉が出てこない。
「誰? 鴻上?」
「ゆーちゃんがなんで出てくるんです」
「じゃあ誰だ」
相変わらず彼の声に感情が乗っていない。それが、彼の怒りを表しているようで怖い。
私は無言だった。
聞けばいいのは分かっている。
許嫁なんていたんですか、と。
でもできない。怖い。肯定されるのが怖い。
今まで、聞くべき言うべきと思ったことは臆せず口にしてきた。私はいま、初めての恐怖に支配されて口が開けない。
宗司さんが怒ってることが怖いんじゃない。
そうじゃなくて……混乱続きで、うまく考えがまとめられない。
車はあっという間に彼の家に到着する。
自動でシャッターが開き、するりと駐車した彼はエンジンを停止させ、けれど動かない。
センサーで点灯した車庫内の照明がひどく無機質に感じる。
私はごくっと息を吞んだ。でも、まずやるべきことは……。
「宗司さん。身体に触りますから、とにかくいったん家に」
「先に言え。誰と会った」
彼は自分のシートベルトを外し、私の顔を覗き込む。嫌味なほど整ったかんばせ、それほど端整な人が怒るとこんなに怖いのかと場違いにも考えた。背中がヒヤリとする。
「誰と、って」
あなたの許嫁……かもしれない人。
少なくとも、あなたに恋をしている人。
そう思うと心の中がじゅくじゅくと痛んだ。なにこれ、これが……嫉妬?