甘く香るあなたと、唯一無二の。
* * *
週末、同期会の日がやってきた。
久しぶりに会う同期たちとの再会に、自然と笑顔になる。
「奈々子、久しぶり」
「元気だった?」女性陣に囲まれながら、私は一年ぶりの同期会を楽しんでいた。
「さて、みんな集まったところで」幹事の阿部君が音頭を取りながら立ち上がった。
「実は大事な報告があります。僕、来月結婚することになりました!」
会場が、どよめいた。そして拍手と歓声が巻き起こる。
「おぉ、おめでとう」
「マジで?」
「相手は誰なの?」 口々に祝福の言葉が飛び交う中、私も笑顔で拍手していた。
だけど——胸の奥が、少しだけちくりと痛んだ。
結婚。年末には詩歌の結婚式がある。今まで避け続けていた家族の結婚式だなんてどんな顔して出席すればいいんだろう。しかも親族として。靄がかかったように薄暗い思考に体全体が支配されそうになった時「奈々、大丈夫か?」泉が隣で心配そうな顔をしている。
「うん、大丈夫。阿部君、おめでとう」
笑顔を作って、グラスを掲げる。 だけど、泉の纏うムスクの香りが、また胸を締め付けた。
二次会が終わり、解散する頃には日付が変わっていた。
「奈々、送ってくよ」
「大丈夫、一人で帰れるから」
「いいから。こんな時間に女一人で帰すわけにいかないだろ」
結局、押し切られる形で泉と一緒にタクシーへ乗り込んだ。車内には、泉のムスクの香りが充満している。
「なぁ、奈々」
「なに?」
「お前、まだ俺のこと許せそうにない?」
——心臓が、止まりそうになった。
「……何の話?」
「とぼけんなって。大学時代のこと」
泉の声が、いつになく真剣だった。緊張感をまとった匂いも強く香る。
「俺、あの時お前に酷いことしたって、ずっと思ってる」
「……もういいよ、昔のことだし」
「良くない。俺、ちゃんと謝りたかった。あの時、お前の告白を笑ったりしてごめん」内定式ですっと打ち解け、ほぼ一目惚れをした泉に私は告白をした。そして、泉は——友達の前で、私の告白を笑い話にした。
「冗談だと思ったんだ。だって、出会って間もなかったし。まさか本気で好きだったなんて」嘘のない香りが泉から漂ってくる。
「……もういいから」
「奈々」
泉の冷たい手が、私の手に重なる。
「もう一回、俺にチャンスくれないか? 今度は真剣に、お前と向き合いたい」ムスクの香りが、鼻腔を刺激する。この香りを嗅ぐたび、私は傷ついた。この香りを嗅ぐたび、あの日を思い出した。そして、今この瞬間に私が求めるのは何故かあのフローラルな甘い香り。
「ごめん、泉」私は自然に手を引いていた。
「私、もう泉のことそういう風に見られない」泉の顔が、一瞬悲しげに歪んだ。だけど私の言葉は止まらない。
「これからも同期としてよろしく」
「……おう」
タクシーが、私の家の前に止まった。
「じゃあ、また会社で」
「……うん」
車を降りる。泉の顔は見なかった。見られなかった。
部屋に戻り、ソファに倒れ込む。
泉——。
あの時の痛みは、まだ消えていない。だけど、今の私が思い浮かべるのは。「一ノ瀬課長」誰にも聞こえない声で、私は呟いた。
週末、同期会の日がやってきた。
久しぶりに会う同期たちとの再会に、自然と笑顔になる。
「奈々子、久しぶり」
「元気だった?」女性陣に囲まれながら、私は一年ぶりの同期会を楽しんでいた。
「さて、みんな集まったところで」幹事の阿部君が音頭を取りながら立ち上がった。
「実は大事な報告があります。僕、来月結婚することになりました!」
会場が、どよめいた。そして拍手と歓声が巻き起こる。
「おぉ、おめでとう」
「マジで?」
「相手は誰なの?」 口々に祝福の言葉が飛び交う中、私も笑顔で拍手していた。
だけど——胸の奥が、少しだけちくりと痛んだ。
結婚。年末には詩歌の結婚式がある。今まで避け続けていた家族の結婚式だなんてどんな顔して出席すればいいんだろう。しかも親族として。靄がかかったように薄暗い思考に体全体が支配されそうになった時「奈々、大丈夫か?」泉が隣で心配そうな顔をしている。
「うん、大丈夫。阿部君、おめでとう」
笑顔を作って、グラスを掲げる。 だけど、泉の纏うムスクの香りが、また胸を締め付けた。
二次会が終わり、解散する頃には日付が変わっていた。
「奈々、送ってくよ」
「大丈夫、一人で帰れるから」
「いいから。こんな時間に女一人で帰すわけにいかないだろ」
結局、押し切られる形で泉と一緒にタクシーへ乗り込んだ。車内には、泉のムスクの香りが充満している。
「なぁ、奈々」
「なに?」
「お前、まだ俺のこと許せそうにない?」
——心臓が、止まりそうになった。
「……何の話?」
「とぼけんなって。大学時代のこと」
泉の声が、いつになく真剣だった。緊張感をまとった匂いも強く香る。
「俺、あの時お前に酷いことしたって、ずっと思ってる」
「……もういいよ、昔のことだし」
「良くない。俺、ちゃんと謝りたかった。あの時、お前の告白を笑ったりしてごめん」内定式ですっと打ち解け、ほぼ一目惚れをした泉に私は告白をした。そして、泉は——友達の前で、私の告白を笑い話にした。
「冗談だと思ったんだ。だって、出会って間もなかったし。まさか本気で好きだったなんて」嘘のない香りが泉から漂ってくる。
「……もういいから」
「奈々」
泉の冷たい手が、私の手に重なる。
「もう一回、俺にチャンスくれないか? 今度は真剣に、お前と向き合いたい」ムスクの香りが、鼻腔を刺激する。この香りを嗅ぐたび、私は傷ついた。この香りを嗅ぐたび、あの日を思い出した。そして、今この瞬間に私が求めるのは何故かあのフローラルな甘い香り。
「ごめん、泉」私は自然に手を引いていた。
「私、もう泉のことそういう風に見られない」泉の顔が、一瞬悲しげに歪んだ。だけど私の言葉は止まらない。
「これからも同期としてよろしく」
「……おう」
タクシーが、私の家の前に止まった。
「じゃあ、また会社で」
「……うん」
車を降りる。泉の顔は見なかった。見られなかった。
部屋に戻り、ソファに倒れ込む。
泉——。
あの時の痛みは、まだ消えていない。だけど、今の私が思い浮かべるのは。「一ノ瀬課長」誰にも聞こえない声で、私は呟いた。