甘く香るあなたと、唯一無二の。
 * * *

 週明けの月曜日。会社に着くとフロアが妙にざわついていた。

「おい、一ノ瀬課長がまた大口契約結んだんだって」
「マジか。先週の帝都百貨店に続いて?」
「すご。無双してるな。化け物かよ、あの人」

 同僚たちの会話が耳に入る。一ノ瀬課長の評判は、日に日に高まっていた。

 自分の席に着くと、メールの通知が目に入った。送信者は噂の一ノ瀬課長。

『辻、10時に会議室へ来てくれ。新プロジェクトの話がある』用件だけの簡素なメール一通に私の心は躍った。それにしても、新プロジェクト? 少しの期待と緊張感が私の体を駆け巡った。


 10時ちょうど。会議室のドアをノックする。

「入れ」
 中に入ると、一ノ瀬課長が資料を広げて待っていた。そして——いつものあの香り。今日は少し、コーヒーの香りも混じっている。朝から会議続きだったのだろう。

 促されるまま、席に着くとすぐに一ノ瀬課長は口火を切った。

「単刀直入に言う。来月から新しいフレグランスラインの立ち上げプロジェクトがスタートする。そのプロジェクトメンバーの責任者に、お前を推薦した」

「え……?」

「お前の匂いに対する感性は、このプロジェクトに必要と判断した。それに」一ノ瀬課長のまっすぐな視線が私を射貫いた。

「辻は、もっと評価されるべきだと思ってる」心臓が、大きく跳ねた。嘘みたいに嬉しい言葉だった。

「でも、私なんてまだ四年目で……」

「年数じゃない。センスの問題だ」一ノ瀬課長は資料を私の前に置いた。

「これが企画書だ。ターゲットは20代後半から30代の働く女性。『香る自分らしさ』がコンセプトだ」

 資料に目を通すとそこには、詳細なマーケティング戦略と商品コンセプトが書かれていた。

「……素敵」思わず声が洩れた。

「だろ? このプロジェクト、絶対に成功させる。そして、お前にも成功体験を積ませたい」一ノ瀬課長の嘘偽りのないその言葉で私の中のスイッチが入った。この人の期待に全力で応えたい。

「頑張ります」企画書を持つ手にぎゅっと力が入る。

「ああ。期待してる」そう言って、一ノ瀬課長は珍しく、柔らかく笑った。
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