Un BUTTER
六神の腕を自分の肩に回し、外に出るとタクシーが数台停まっていた。
きっともう、私は朝まで帰れなくなる。
酔っ払いの六神はどういうつもりで言ってるのか知らないけど。
こんなの傍から見れば、何されても文句は言えませんけど?って言われてるようなもんだし、私もそれを承諾しているようなもんだ。
タクシーの中では、六神が私の手をゆるく握ってきたりなんかして。
フラグでしかない。
運転手さんからみたら、私たちがどういう関係にみえているのか。まさか別れた二人だなんて思いもしないだろう。
「おれってさ、」
「な、なに」
「すーぱーだーりんだった?」
「……はあ?」
「おまえとつきあってる時のおれって、すーぱーだーりんだったかって。」
いい緊張感の中、何を聞いてくるのかと思えば。
「す、スーパーダーリン、というよりは。すーぱー六神?」
「ぶふっ」
六神がめずらしく噴き出す。
「それ、略したら、すぱむになるんですけど」
「あーそういえば、ファミマでハワイのB級グルメフェアやってたなぁ〜」
私の声は裏返っていた。
六神のアパートに着けば、一緒に降りようと手を強く引かれて降ろされた。
車中での手繋ぎは、私にこのままタクシーに乗って帰らせないための拘束だったのか、躊躇する暇も与えられなかった。うぬぼれるって楽しくて恥ずかしい。
でも結局この男はフラフラだから、私が肩を貸し支える形になるのだ。残念なことにスーパーダーリンには程遠い。
虚ろな瞳で、夜の暗闇にも美しく映えてしまう六神は、今にもぽっくり寝てしまいそうだ。
私は何を期待しているのだろう。
夜風で頭を冷やすべきだ。
六神の部屋の前に着けば、先程居酒屋で鞄を漁った時に見つけた鍵でドアを開けた。とりあえず六神のブランドもののバッグを玄関に置く。
深夜のドラマには間に合うかと自分の腕時計を確認すれば、12時を回ったところだった。腕時計の針がゴールドだからか、暗闇でもばっちり読み取れることに思わず「おおっ」と感嘆の声を上げた。
すると私の肩に腕を回す六神が、私を絞め殺そうと首回りに腕を絡みつけてきた。
「らしくない……」
「ぐっ、苦しんですけど!」
「なんかその時計、おまえらしくないっ」
「あ"の、聞い"てますか六神様?!」
男は馬鹿なくらいがちょうどいいと誰かが言っていたけれど、何がちょうどいいのか具体例を上げてもらいたい。
今にも私を殺りそうな六神が、今度は両腕を使い私を抱っこするように持ち上げた。こんなプロレスのようなシチュエーションは、一寸たりとも期待していない。
「ちっせーのに重っ」
「なら降ろせっ!」
182センチの男の前では、157センチの女の抵抗も虚しく、前向き抱っこという羞恥を与えられながらベッドに直行されてしまうのだ。
あああぁぁー……
気付けばベッドで、そのまま六神にうつ伏せで上からのしかかられていた。
「けいせいぎゃくてんー」
「へっ?」
重いのに、私の手の甲に大きな手で上から繋がれるから、鼓動が何度もベッドのマットレスに反発する。
でも六神に私のようなドキドキはないのだろう。
腐っても鯛、酔っぱらっても六神とでもいうべきか、いつもの悠長な様子であの時の話を掘り返す。
「あん時は まっぱのはるかがだきついてきてさー」
「……は」
「おれの上にまたがって〜、なんてゆったとおもう?」
う、うそ。。
ま、またが……?
「あなたのおなまえなんですか。って聞くからさー、ちとせですけど。ってゆったんですけど」
やたら粘度の高い吐息が、私の鼓膜まで振動させるのに、六神の喋り方が稚拙すぎて。それが余計に私の我欲を煽っているかのようで息苦しい。
「じゃあ今日からはるかは、ちとせってよぶね?ってゆったのおぼえてねーとか。はくじょうなおんな〜」
「は、はいっ?」
「薄情なはるか〜」
「ふっ、」
耳たぶを軽く噛まれて、耳の中に六神の舌が入ってくる。
粘度の高い、蠱惑的で稚拙な舌先が。
「なんでかな〜、なんでおればっかあんな思いしたんかな〜」
「ちょッ、む、」
「む?」
私を操り弄んでいるかのように映る六神は、なんで私なんかと付き合おうと思ったの?
私を元カノだって認めてるってことは、少なくとも私のどこかに惹かれてくれたんだよね?
別れたのに、どうして私たち繋がっているんだろうね。
お互い、付き合っている時に満たされなかった欲が多すぎたのかな。
思えば、「好き」の一言ですら互いに発することもなくて。
反省点がしばらく経たないとみえてこないなんて、男と女という生き物は実に上手くできている。
それがこうして、また違う関係になろうとしているのだから。男も女も馬鹿な私欲的生物だとつくづく思う。
六神にシャツの真ん中あたりのボタンを雑に外されて、生温かい手が、私の波うつ心臓をつかまえようと入ってくる。
あ、器用なやつ。ズボンのホックも外された。