Un BUTTER


「どこで買った?」
 
「……えっと、」

「なんか、時計だけやたらブランド臭くて浮いてるってゆーか。お前に見合ってないってゆーか。」


見合ってない?

なにが?

六神のその一言は、腕時計が良いものすぎて、私が時計に見合っていないと言われているように感じた。

一度途切れた着信音が、再び鳴り始める。

私、六神にも見合ってなかった?

確かに六神は有能な営業マンだし、外見も清潔感も申し分ない。

ふと、日本男児を絵に描いたような六神と、黒髪ストレートの清純そうな彼女を隣に並べてみた。

誰が見てもしっくりくる、お似合いのカップルだ。


私も髪を伸ばそうかと悩んだこともあったし、女っぽくタイトスカートで出勤しようかとも考えたことがある。

でも私にはどちらも似合わないのだ。まさに“らしくない”スタイルだった。

着信音がけたたましくなる中、私はそんなことを考えていた。

腕時計よりも彼女からの連絡に気を取られ始める六神を見て、自分の惨めさが早くも露呈しかけている。

無音のため息を吐いた六神が、ついに「ちょっと、悪い。」と音を上げ、いたたまれない姿の私から退いた。

それをきっかけに、私もこれみよがしに腕時計の真相を伝える。

 
「時計、もらったの。」

「え?」


ちがう。

あんたを引き止めるつもりで言ったわけじゃないから。


「これ。私、こないだ誕生日だったから、もらったの。」


ただの、対抗意識だ。


「…え?」

「朋政先輩がさ、誕生日だからってくれたんだー。」

「…………」


彼女の着信音にすら敵わないとか、彼女に対するものじゃない。

それくらいあんたを虜にできる彼女がいるあんたへの、対抗意識。

どう考えたって、たかが面倒を見てきた後輩へのプレゼントがブランドものの腕時計だなんておかしいと思う。


「実はね、一昨日、朋政先輩に告白されちゃって。私なんかみたいなのが、びびるよね。」


すぐにスマホを取りに行くと思っていた六神は、なぜかベッドの横で呆然と私を見つめている。


私はその瞳から、目を反らさないよう注意していた。何を感じているのか、少しでも読み取りたかったから。

でも何事も感じていないかのように、いつも通りの六神が淡々と嫌味を連ねるのだ。

 
「あさってあたり、あられとヒョウと大雪と大雨が降るな。」

「……なにそれ。」 
 
「てかお前さ、なんで付き合ってる時に誕生日のこと言わなかった?付き合ってる時に誕生日迎えてたよなあ?」 

「……わ、わざわざ言う必要もなかったっていうか。いやそもそもあんたが私に塩対応すぎるから。言えなかったんだよ!」


メッセージの返信だって句読点すら見当たらない一言だったし、電話だって私から着信入れても、次の日しかかけ直してこないし。

それなのに、今カノからの電話にはすぐに出なきゃって思うんだよね?私は残念ながら、すぐに出なきゃって思わせられる女にはなれなかったってこと。

だから私たち、合わなかった。じゃなくて。

私があんたに見合わなかったんだよ。

気付いてたけど、気付かないふりしてた私の気持ち、なんでこんなに振り回されなきゃならないの?





「塩?それはお前の方じゃない?」

「言いがかりはよして」

「彼氏いんのに朋政課長と二人で飯食いに行ったこと、俺が知らないとでも思ってんの?」

「あれはまゆゆも誘われてたんだよ!でもたまたまその日まゆゆが溶連菌になってさ、」

「だからって男と二人で?」

「先輩なんだから断われないし!まゆゆが行けないなら尚更私が行かないと!」

「そーいう理解不能な義務欲からくる自己満てやつ?ウぜーし。」

「てかそれより電話に出てやんな?着信音で耳鳴りするわ」

「はいはいそうさせて頂きますよ”上からぱるる様”」


六神が心底嫌そうなため息を、私に背を向け腹の底から吐くのが分かった。

玄関に向かう六神の背中を見ながら、私は馬鹿みたいに乱れた自分を整えて、気持ちを切り替えるための腕伸ばしをする。

感情の起伏が激しすぎて、高低差アレルギーが突発しそうだ。


でも感情なんてどれだけ入り乱れても、時間が経てば必ず元の位置に戻ることが分かっている私は、やっぱり六神の前で泣けはしなかった。

かわいくなくて、かわいそう。


「……はいはい、なんだよ夜中に。」


気だるそうな声でも、ちゃんとこんな夜中に着信を無視しない六神が嫌いで、この際大声でバーカ!と叫んで、彼女に浮気現場を叩きつけてやろうかとも思った。

でもこの件は私だって同罪になりかねない。

正直、朋政先輩には付き合ってほしいと言われただけで、私からはまだその返事をしていない。ただブランドものの腕時計をすんなり受け取ってしまった手前、きっと少数意見として反浮気ととられてしまうだろう。

私がすぐに返事を出来なかった理由なんて、ただ一つしかなかった。

私が、六神千都世を好きだから。


廊下の壁にもたれてしゃがみ込み、彼女と通話をする六神。

私は自分のかばんを取ると、玄関まで靴下の滑りを利用し、足音を立てないように行く。


「はあ?明日あさいちでうち来んの?せめてさ、昼にして。俺だって疲れてんだから。」

『じゃあ私が癒やしてあげる』

 
電波を通じて、甲高い女性の声が聞こえた。

しゃがむ六神が私を見上げて、眉間に皺を寄せ目で何かを合図する。 

ベッドに戻れと言われているのか、早く帰れと言われているのか。どちらにしろ六神にとって私は、セフレ以外の何者にもなれないのだ。

何が言いたいのか分からない六神の頭に、バシッとかばんを叩きつければ、「いって」と声を上げた。


『どうしたの?ちとくん?』 

「……壁に、あたまぶつけた。」

 
“ちとくん”って。まんま“チート野郎”って意味かよ。

泣かないと決めたダムが、決壊しかけている。

見た目のイメージよりもずっと可愛い声の彼女に、私は嫉妬なんてしない。“ちとくん”と平気で愛称で呼べてしまう彼女なんかには。絶対に。

一瞬、背中に指先が当たった気がした。

でも私はそれを無視して、玄関を飛び出した。


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