Un BUTTER


「なんで?!なんでよりにも池駒?!なんで私、池駒とあんな雰囲気になった?!」


ねえ社内恋愛って、そんなにあちこちに落ちてるもんなの?


「おかしくない?!わたし、絶対どうかしてた!!池駒とかおかしくない?!あり得ないよねえ!!」 

「どうかしてたと思ってるのは向こうも一緒じゃない?」

「はあー……ほんとやばい。どうしよ、どんな顔して会えばいいんだろ。。」

「……。」


そっか……

まゆゆと池駒はただの同期で、多分仲良くも悪くもないんだろうけど。

ああ、私と六神はやっぱり無理なんだろう。

結局、セックスも勢いに任せられず、思い留まっちゃうほど無理ってことで。

きっと。

へこむなー……

さっきまで強気の姿勢だった私は、まゆゆのワンナイトラブスクープに意気消沈していた。



「あー腹減った〜!」 

私に話せてスッキリしたのか、早くも冷静さを取り戻したまゆゆが、ピスタチオの丸いシュープリームにようやく手をつけ始めた。
 
その時、突然机のスマホが鳴り始めて――――

秒間隔で画面を見ていた私は、ゆっくりと大きくため息をつく。


「ごめん、電話出てくる。」

알겠습니다(アㇽゲッスㇺニダ)」 


ラウンジの重いガラスドアを開き、廊下を小走りで、つき当たりまで移動する。

細長い縦長の窓ガラスの前で、一旦停止。自分の情けない姿が透過したように窓に映っている。
   
一瞬瞼を閉じてから、“朋政先輩”と表示された下にある通話ボタンをタップした。


『実来?生きてる?』

「はい、生きてます。」

『こっちの仕事急にふってごめんね。今東京港満船でさあ。』

「いえ。先輩の方こそ大変でしたね。」


内線よりも、穏やかな先輩の声。

油断すれば、つい身を委ねそうになってしまうような。


『で、心優しい先輩からの埋め合わせの件なんだけど、』

「ああ、そんないいですよ。仕事なんだし。」

『……って、なんか元気ない?』

「え。」 

『老いた死神の声してるよ?』

「そんなことないですよ!ひどいなあ先輩!」

 
自分では、気持ちを切替て電話に出たつもりだったのに。

声だけでばれちゃうなんて、よっぽど酷い状態なのかな私。

でもプライベートの先輩の声って。吐息の切れ間に色気を含んだ、ベルベットボイスのようで。

柔らかくて心地いいから、自分を上手く繕えないのかも。


『ねえ、春風、』

「……えっ」

『覚えてる?僕たち前世で約束したよね?生まれ変わったら一緒になろうって。』

「ぶっ、」

『ああ、なんだかお腹が空いたな。よければ君が僕を満たしてくれない?』

「お腹って。じゃあ何か食べて下さい。笑」

『ASMRイケそうじゃない?』

「濃いめのマニアにはうけると思います。」

『乙女ゲー的な?』

「そうそう、それ」


先輩はなんだかんだいって優しい。

特に、二人きりの時には。


『乙女ゲーはおいといて、』
 
「自分からふっといて。笑」
 
『それで、農政局から申請おりた後なんだけど、』


先輩のベルベットボイスが、瞬間的に途切れる。 

細長い窓ガラスには、スマホを耳に当てる私と、遠近法により遠目に映る、六神の姿があった。


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