Un BUTTER

№.invasion



今思えば、俺の領域が侵された元凶は、ある一人の男のこの発言だった。


「六神君?だっけ。ちょっと君をイケメンと見込んでスカウトしたいんだけど。」


大学3年生の時だったと思う。

全学部共通科目である中国憲法を選択していた俺は、詐欺師だかキャッチセールスだか分からない文学部の男に声をかけられた。


桐生《きりゅう》孝雄《たかお》という、ジャージ生地のジャケットを着たいかにも軽薄そうな男。

大教室にいたうちの一人に過ぎない俺に、学内でスカウトとか世も末かと眉をひそめた。


「世も末か」

「へ?…名前、よもすえ君だった?」

「………」


話を要約すると、その短髪ツーブロックの桐生《きりゅう》は、なるべくイケメンと友達になってその恩恵に預かりたいということだった。俺を利用し女子を集めたいと、そういう意味での恩恵。

俺らの大学には、学部をまたいで王子と呼ばれる不死原《ふじわら》という男が存在していたが、まさに桐生は不死原と友達だというのだから、こいつのスカウトは本気なのかと理解した。

実来にも劣らないコミュ力のせいで、まんまと俺は桐生に引っかかり、そこから細く長く友達関係を築いていた。



早すぎる桜が咲き始めた今年の3月。

実来と別れてから約半年経った頃、久々に桐生から連絡がきたと思ったら、これだ。


『お前を餌に合コンする!

いえぜひ来て下さい。お願いします。』


もちろん俺は丁重に『NO』と返事した。でも桐生は引き下がらない。なんでも3歳上の彼女の友達に頼まれて、どうしてもイケメンを盛り込みたいということだった。


『不死原王子に頼めば?』

『アイツは目だけで俺をぶち殺す男だぞ?!女の子だと瀕死にさせられる!』

『よし、瀕死ならギリいける』

『そんなギリギリの状態で女の子に合コンさせんなよおにーさん!』 


桐生は今、地方銀行に勤めているらしい。

合コンには興味がなくとも、投資やNISAには興味があったし、桐生から話が聞けたらとなんとなく参加した合コンだった。だから別に、実来との別れた憂さ晴らしだなんて気はなくて。いや……

そもそもあいつは俺と、“別れましたけども。”と淡々と会社の人間に言ったみたいだが、俺からすれば、いつの間に俺たち別れたの?って感覚だった。あれはただの喧嘩じゃなかったのかよ、と。

だから俺はよっぽど嫌われたんだと思っていた。それなのに、あいつは勝手に別れたことにしておきながら、勝手に話しかけてもくる。

だから憂さ晴らしよりも、当てつけに近い。

それが間違いとは知らずに。

  

「初めまして。舞夏《まいか》の友達の稲垣《いながき》水絵(みえ)です。旅行代理店で働いてます。」


金曜の夜、4対4で。桐生とその彼女以外はフリーという建前で、スペイン料理がメインの酒場で合コンが行われた。

そこで、桐生の彼女の友達である、水絵《みえ》という女に出会った。

俺の目の前に座る稲垣水絵の第一印象は、おとなしめの大和撫子タイプ。黒髪に艶のあるロングヘアで、ボーダーのシャツワンピース。大口開けて笑う実来とは対照的に、控えめな印象だった。

女性陣は4人共29歳って聞いていたから、男性陣は、結婚願望の強いガツガツしたイメージで構えていた部分があったと思う。

だから水絵を見て少し拍子抜けしたのが、俺の対人スペースに踏み入らせてしまった原因でもある。

合コンが終わり、桐生と彼女はそのまま二人で帰って行き、残されたメンバーで二次会に行こうという話がでた。


「悪いんですけど、俺は帰ります。明日朝から用事あるんで。」


なんの用事もないから、当然断り方もふわっとしたもんで。どうせその場限りの関係だし、相手に悟られたとしても、ただ「目当ての女がいなかった」だけだと理解されるだけだろう。

 
「あ、あの、私も、帰ります。明日も朝から仕事があるので。」


気まずそうに、小さめのバッグを握りしめた水絵。

旅行代理店の窓口業務は土日関係なくシフト制で動いているらしい。水絵も、俺と同じ方向だというから途中まで一緒に帰ることになった。



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