Un BUTTER
地下鉄の中。乗換の時刻をスマホで調べていると、隣に座る水絵が突然、不調を訴え始めた。
「む、六神くん……ちょっとわたし、きもち悪いんだけど。どうしよう……」
本当は酒に弱いという水絵は、無理してワインを二杯飲んでいた。
「無理して飲む必要なかったのに。」
「……だって、六神くんたちが飲んでるのに飲まないと、六神くんたちを白けさせちゃうかなって。」
“六神くんたち”と、あえて俺を代表として選出されれば、俺のせいなのかと俺に罪悪感を植えつけるわけで。
とにかく一旦電車を降りたいという水絵と乗換先の駅で降りて、なぜか近くのホテルに行く羽目になった。
―――――で、
卵割って、出汁と醤油にみりん少々、砂糖の代わりに罪悪感を入れて混ぜて焼いて、演出という名のエッセンスを添えれば、
「ねえ、私の身体が六神君を欲しているから私と遊ばない?
六神君の欲望だけ押しつけてむちゃくちゃなセックスしてもいいよ?」
ご覧の通り、ベッドの上で俺に跨がるフラストレーション女が爆誕するってわけだ。
ジャケットを脱いだ瞬間、ベッドに押し倒された俺。いつの間にか水絵はワンピースを半分脱いでブラ一枚の状態だ。桐生よりよっぽど詐欺師の素質がある。
「ねえ、聞ーてる?六神君。」
「…………」
ああ、吐瀉物事件の実来を思い出す。
でも実来はこの女ほど手際は良くないし、あれはマッパな上に呂律が回らない状態で、言うなれば日光猿軍団のサルに懐かれたようなもんだった。
誕生日プレゼントにリードか首輪をやるのも有りかもしれない。
そんなことを考えていた。
「ああ、彼女に悪いからむりーとかそっちの人だった?」
「……は?」
「それか好きな子がいるからって?意外と純情タイプだったり〜?」
「…………」
「へえ、後者なんだあ?いいよ、じゃあ私をその好きな子だと思って、その子の名前で呼べば。ふふっ」
俺とは思想だとか観念みたいなものが全くマッチしない人種だと理解できた。
だからやることといったら一つしかない。
「俺本位でいいなら俺は帰る。」
「えーマジしらけるー!てかこの状態で襲ってこないやつ六神君ぐらいだよ?」
「どんな低俗ばっか相手してんだよあんた。」
無理矢理水絵を退けて、ジャケットと鞄を取ろうとすれば、この女は育ちがよろしくないのか俺の尻あたりを足で撫で回し始めた。
「きゃー襲われそうなんですケド〜!って叫びながら私がこの部屋から出ていってもいんだよ?」
後ろを振り返れば、ベッドに座り脚を伸ばしながら雌のなまめかしさを象徴するかのような笑みを浮かべる貞子がいた。
さっきまでの大人しい水絵から変貌しすぎて原型が見当たらない。パーツは揃っているのに、いつまで経っても組立不可能なプラモデルみたいだった。
「……俺にこだわる理由は?他あたれよ。」
「私に興味なさそうだったから?そういう男を堕とすのが趣味なの。」
俺がこのまま帰れば、この女は本気で俺を引き留めようと何かよからぬことをするだろう。
寂しさを埋めるためなのか何なのかは知らないが、遊びに全力投球しているタイプだ。
じゃなきゃ、30歳手前にもなって、初対面の男を騙してホテルに連れ込むとかしないだろう。
「理解はできない。けど、うん。あんたの扱い方は解読した。」
「まじ?私のトリセツこんな短時間で解読したの六神君が初めてー。」
目を爛々と輝かせる水絵を見て、“襲ってこないやつ”は俺だけじゃないけど、この女をものの5分で解読できたのは本当に俺だけなのかもしれないと思った。