Un BUTTER
餌に食いついたとなれば善は急げだ。どうでもいい女の事情はとっとと終わらせて帰るのみ。
「よし、あんたはその椅子に座れ。」
「え、えっ、なになにっ、なにするの?面接?!」
「ああ、俺はベッドから見ててやるから、」
部屋の角にある丸テーブルの椅子を引き出し、水絵がベッドに向け椅子の向きを変える。
座ったのを確認すると、俺は脚を組み、見下すような態度で口角を上げ言ってやった。
「俺は好きな女の名前呼びながら見ててやるから。あんたはそこで一人でやってろ。」
「へっ?!」
「俺の欲望をぶつけりゃいんだろ?なら俺をそこから誘ってみろよ。」
「えー!!六神君のプレイ、ドえすすぎー!」
「すんなりセックスってのも愉しくないし?俺も回り道をするのが趣味なもんでね。」
実来と付き合うために散々回り道をしてますから。
「あはっ!なにそれマジぃ?!でもちょっとえろそう。」
「エロいかどうかはあんた次第。やれるもんならやってみな。」
「へぇ~いいね、六神君!本気でいいかも。」
こういうくだらないことはすぐに思いつく俺。もしこれが器用だというなら、実来を落とす手建てを知らない俺はなんなのかと問いたい。
水絵は「俄然やる気出てきた」とくだらないゲームに見事はまり、本当に一人でやり出すから、俺は冷めた目で静観した。
「まじでやるとか引くわー」と言えば、俺の嗜虐心を煽らせようと「もっといって。」とか言う始末。
「あー…残念、全く興奮しないわー」
水絵が火照る顔で頬をふくらませた。顔で可愛らしさを演出し、身体で妖艶さを造形する。
身体をよじらせながら、わざと水音を響かせるように。自分で自分を触る手は止めず、濡れた瞳はじっと俺を見つめている。
実来は今、何をしているだろう。
朋政さんとまた飯とか食いに行ってて、そのまま俺みたいにホテルに連れ込まれて……
いやさすがに会社の先輩が後輩連れ込むとか問題すぎるだろう。
嫌な妄想ばかりが脳内を駆けめぐる。
あの人が実来の教育係だったってだけなのは百も承知だ。でも俺と付き合っている時にたまたま見てしまった二人の距離感は、俺よりもずっと近い気がした。
朋政さんは4月から課長になることが決まっている。
本部勤務で、まだ31歳という若さで、昇進試験も30倍という倍率の中で……あの人こそユニークスキルをいくつも保持している人間なんだと思う。
実来のコミュ力レベルと、同じくらいのスキルを。
人間の成長過程やビジネスでの成功過程において、コミュニケーション能力ほど影響力のあるものはない。
俺にはコミュ力なんてものはないから従順さで勝負しなければならない。取引先に誘われたら断れないし、理不尽な要求も素直に受け入れなければ勝負ができない。
だから実来と付き合っている時も、接待まがいの用事でゆっくりデートなんて出来なかったし。午前様になることもあったから折り返しのメールや電話なんかもすぐには返してやれなかった。
焦っていたんだと思う。実来と付き合っているのは俺なのに。
実来と朋政さんの距離感に気付いた瞬間、実来が手の届かない位置に行くことを恐れて――――……
「んっ、あっ……む、がみく、」
ふと、水絵が左手首にするシルバーの華奢な腕時計が目についた。
そういえば実来は腕時計をしていない。
すでに彼氏でもない癖に、実来の誕生日プレゼントを気にしている俺は素直に後悔していた。誕生日くらいいつなのか聞いてやればよかったのに、自分の誕生日ですら興味がないから気付けなかった。
実来の誕生日を知ったのは、別れてからだった。
10月が誕生日の福間《ふくま》に「なんかくれ。」と言われて、南極観測隊員募集のチラシをプレゼントしたのがきっかけだ。
「ぱるるにもろくでも無いもんあげたの?」と聞かれて、まさか付き合っている時に誕生日を迎えていたなんて思いもしなかった。
あんなにコミュ力高いくせに、大事なことを言わないのはなぜなのか。でも今思い返してみれば、確かにあいつとは友達の延長線みたいな付き合い方だったかもしれないと反省している。
ただ、自分が実来に手を出せなかった理由といえば、十中八九あのこと《・・・・》が俺の中で引っかかっているからとしか思えない。