Un BUTTER

そんな一人反省会をしているうちに、一週間蓄積された疲労がのしかかったかのように瞼が重くなる。やっと明日は休みだってのに、なんで俺は狂った女とホテルにいるのか。

全ては桐生のせい、いや、実来と別れたせいだ。別れることになっていなければ、合コンなんて行くこともなかった。

誕生日にプレゼントを渡して「もう一度やり直すのもアリだと思う人ー」とか言ってみようか?ああ、そういえば付き合う時も俺は軽すぎる言動しかしていない。

桐生よりも軽薄なのは、俺か。


そこまで自分を追い詰めて、答えが出たと思った時には。

狐につままれるというのがお約束というものらしい。

世の中ほんと上手く出来ているから、人類の妄想劇は激しさを増すばかりだ。



目を覚ますと、すでにカーテンの隙間からは朝靄が漏れている。 

その窓を前に、ベッドの下でホテルのパジャマの上だけを着た黒髪の女が地べたに座っていた。片手で長細いスナックパンをかじりながら、もう片方の手でスマホを見ている。

俺は何をしていたんだっけ、と思考を張り巡らせていると、ふと貞子が持つスマホの画面が目についた。

どこか見覚えのある画像。

自分を目が、否応なく見開く。


「……おい。うそだろ。」 

「あ、起きた?」

「……てかそれ、あんたのスマホだよな?!」

「え、うん!わたしのスマホー。」


まさか……ここまでやる女だとは思わなかった。


「でもこの画像は六神君のスマホに入ってたやつ〜。ンフフ」 

「あんた、プライバシーの侵害にも程がある。」

「六神君のスマホから私のスマホに送ってみたの〜。って、やっぱりこの画像って相当ヤバいやつぅ?」

「…………」

「だよねぇー…。さすがにさ、これは…。ハハ」


水絵の乾いた笑いが耳につく。耳が拒絶するかのように耳鳴りがした。これは夢じゃないのだと思い知らされる。

 
「ストーカーよりも質悪いっていうか。。私でもどん引きだわー……」


水絵のスマホを取り上げて画像を消去してやろうかとも思ったが、自分でも痛いほど引く画像なのが分かっていたため、図星を突かれて無駄な抵抗をする気にはなれなかった。


「なかなかに狂ってるね、六神君て。」


狂っていることを自覚している女が、俺を見て顔を引きつらせている。まさに“理解出来ない”とでも言っているかのように。


「これからはちゃんとスマホ、ロックしようね?」 

「……ほんと、ふざけてるなあんた。」

「ふふっ、ふざけてるのはどっちかな?見かけ倒しのチート君。」


あざ笑うように、俺にスマホ画面を見せつける水絵。

別に、今更時効じゃないのかとは思ってはいた。

でも今この狂った女が本気でひきつっている顔を見たら、やっぱり時効なんてものは存在しないのかもしれない。


「罪悪感あるならさっさと消せばよかったのに。」


その通りだと思う。


「それでも消さなかったのは、なんでカナ?」


水絵がベッドに腕をのせ、俺の領域に踏み込もうと俺の顔を覗き込む。爽やかな朝から侵犯が甚だしい。

ただ領域を侵しているのは、どっちなのか。


「プライバシーの侵害って。チート君こそ、この子の人権侵害してるんじゃない?」


言い返せるはずもない。


「じゃあ、抱いてくれる?」

「は……?」

「昨日私に惨めなプレイさせたんだから当たり前でしょ?」


ついでに今にも喰われそうだ。

水絵が再びスマホ画面に顔を近付けて、何かに気付いたように再びスマホ画面を見せてきた。


「これってさ、もしかして大学?」

「……いや」

「あー懐かし〜!これって外カフェの裏手にあるベンチじゃない?!」


なぜ、こいつが大学構内のことを知っているのか。


「実は私も桐生君と同じ大学出身なんだよねぇ〜。」

「……は。まじ、で」

「舞夏と桐生君と私ね、同じバイト先だったの。大学の近くにあるショッピングモールのドーナツ屋でさあ。」


桐生が今の彼女とバイト先で出会ったのは知っていた。でもこの女も同じ大学だったとは聞いていない。


「てことは、この子も六神君も私と同じ大学だったんだねえー。」


完全に優位に立たれた。

その証拠に、水絵がゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとベッドに膝をつく。手を交互について、俺の内側を侵蝕していくみたいに。

もう、脅されているも同然の状況。

せっかくあいつが繋ぎ止めた悪友関係が、今更なくなるなんて。俺には考えられない。

営業職なんて俺には絶対に向いていないと思っていたのに。ここまで俺が頑張ってこれたのは、全てあいつがいたからだ。奇跡なんて夢想めいたもんのお陰じゃない。

付き合えなくとも、このまま関係を保てるならそれで充分なのかもしれないと。

それこそが夢想めいているとでも云うのだろうか。

冗談じゃない。


「私をこの子だと思って、むちゃくちゃに抱きなよ。」


それならいっそ、この女の手の平に転がされるのが賢明なのだろうか。

分からない。

俺は一体、なんのためにここまでやってきたのか。


「抱きたいんでしょ?泣かせたいくらいに。」


上半身パジャマの水絵が、俺の膝の上に乗っかって。

俺のシワになったシャツのボタンを、上からゆっくりと外していく。

その指の動きに、目が奪われていく。

ただ一つ、この先も確かだと言い切れるのは


「ほら、私を呼んで。抱き潰しなよ。」


俺はお前が好きだということ…―――――

それが伝えられない俺は、目の前にいる幻想を抱くことしかできない。


「春風―――――――」

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