Un BUTTER

№.frailty



朋政先輩から緊急クエストを言い渡されて、

六神にマイ・ガールにも描かれないほどのゆるいキスをされて、

一週間が経った。

その日の朝だった。



「実来ちゃん、はよーっす。」

「おはよー。今日も顔色悪いね〜池駒。」

「おうよー、昨日3時に帰って6時に起きたから元気ビンビンだわ。」 


駅から会社までの出勤途中で、池駒に出くわした。

今日もTシャツに作業着を羽織って、男気溢れるベリーショートがよく似合っている。


池駒の物流部は、深夜の倉庫の見回りなんかも仕事の一貫になっていて、クライアントの守秘義務や防犯を考慮し、外部からの委託警備員は決められた範囲のみになっている。

だから寝る時間どころか、家に帰る時間もほとんどない。

中堅でも、まだまだ警察学校よりも厳しい現実を生きているのだから池駒は本当に凄い。体力勝負もいいところだ。

だからね、彼女を作る暇もない池駒を当て馬にするのは可哀想だと思うのだよ、まゆゆ。


「池駒って運動部だったの?」 

「中学までは真面目に野球部入ってて、高校から不真面目に野球部さぼってた。」

「さぼるなら辞めればよかったじゃん。」

「辞めたくても辞めさせて貰えなかったんだよ。」

「ってことは優力選手だったってこと?」

「まあそれなりには?二刀流目指してたし?」

「目指してたのにさぼるって。その真意は?」

「自分より上の奴らが現れたから。」

「……10点。あるあるすぎて話の間が持たない。」

「青春漫画にありがちな俺ね!もっとひねりを効かせられるよう対策練っとく。」


隣の池駒の耳には、いくつものピアスホールがあって、それが野球部時代の挫折を物語っている。

私はこういう、いかにもやんちゃそうな男に嫌われることが多かった。中学といい高校といい、派手な頭に着崩した制服の遊んでいそうな男子に、クラスの用事で話しかけても無視されることが多かった。

だから池駒と初対面の時も、きっと私は嫌われるのだろうと覚悟していたら、そうでもないから不思議だ。


このままコンビニの店内から流れる軽やかな音楽に乗って、まゆゆとのワンナイトを聞いてみようかと思った。ただのノリだったのか、それとも特別な何かがあってのことだったのか。

でも緊張の空気を吸い込む私よりも早く、池駒が空気を吐き出した。


「俺、勝ち戦しかしたくないタイプだからさ。」

「……ん?」

「負けるとわかってる試合に参加できるほど、肝が据わってないってことよ。」 
 
「…………」


話の流れからどう考えても野球部の話なのに、それとは別の何かの話にも思えた。

何にせよ友達で同じ部署である私とまゆゆなのだから、大概の話は私に筒抜けだということは池駒にだって分かっているはずだ。


「実来ちゃんは強えよな。」

「わたし?はは、まさか。」

「その強さに嫉妬しちゃうわ。」

「惚れ惚れするんじゃなくて?」

「余裕のある奴はそうかもね。」

「え」

「でも基本男はプライドの塊だから。自分が上に立てないと思う女には嫉妬するもんなんだよ?」


冗談で返したつもりなのに、予想外にも真面目に返されて、少し手の中が熱くなった。

強いだなんて、自分で思ったことはない。ただ見栄っ張りで意地っ張りで。負け戦でもとりあえず土俵には上がりにいく、無謀な馬鹿ではある。

なんにせよ池駒には、可愛くない女だと言われていることには納得できた。


「あ、実来ちゃんっ、ちょっとこっち来て!」

 
突然、何かに気付いたかのように池駒に腕を引かれる。


「ッ?!」


池駒の胸に勢いよく顔を埋められて、一体何が起こったのか分からず、しばしの停止。

そして慌てて池駒を突き放した。


「ちょッっ、こんな会社の敷地内で何してっ」


呆然とする池駒を見上げて、その視線の先を辿る。

コンビニの中から、よく知る相手と。顔と声だけは知っている人物が出てきた。

こんな朝から。

はああん、朝帰りで揃ってご出勤ってやつですかい六神さん。














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