Un BUTTER
「じゃあお仕事頑張ってね、ちと君。」
「なんでわざわざここのコンビニで朝飯買うよ?」
「いーじゃん。送ってきたついでなんだし。」
「一応ここもうちの会社のテリトリーなんですけど。」
「彼女枠で、特別ってことでさ。ね?」
ね?じゃねーわ。いくら外に近いコンビニといえども、会社の敷地内は関係者以外立入禁止なんですけどね?
コンビニの自動ドアから出てきた、六神とその彼女である黒髪清純派さん。
池駒が、あちゃ~。なんて顔で頭をポリポリと掻いて、私はそんな池駒に険しい表情で睨みつける。
『あんなん見たって何とも思わないんだけど私』
見せないようにとしてくれた池駒に対し、酷い言い草だとは思う。でも素直になりたくない私は池駒を犠牲にするしかないのだ。
『いや俺らもカップルってことにしときゃいいぢゃん』
ハァッ?!
そうだ。池駒は迷惑顧みず、変なところでお節介を焼くタイプだった。
ほんと大迷惑だよ池駒!だってあんたなんて100%嫉妬されない安全パイなんだから。自分を買い被りすぎにも程があるっ!
私も池駒を、大概可哀想な扱いしかしていなかった。
「じゃあねーちぃとくんっ」
黒髪の彼女が、六神に軽いキスをした。隙だらけのその唇に。
「っ、やめろ水絵っ」
六神が彼女の肩を押し退けて。その拍子に六神と視線がかち合った。
ヤツが酷く驚いた顔をして、早く私たちから離れさせたいかのように彼女の背中を押しやる。
彼女とのキスを目の当たりにしたことよりも、六神が“みえ”と呼んだその声に、みぞおちあたりがキリキリと痛み始める。心筋梗塞だったら労災はおりるだろうか。
池駒が顔を引きつらせて、私に耳打ちしながら小声で言った。
『うっわ。他の社員いる中であれはないわ。』
『ねえ。ああいう強そうな女にも嫉妬するの?』
『恋人の評価を下げるような非常識は論外です。』
“みえ”という滑らかな言い方が、やたら慣れ親しんだ様子で、全く別の六神を見ている気がした。
私よりも遥か彼方から二人は出会っていたのかなと思うと、傷つくと同時に仕方ないかと諦めもついた。
それから池駒のスマホが鳴って、第三倉庫でブラジルからの荷物に破損が生じたらしく、慌ててコンビニでサラダチキン8個を購入し現場に向かった池駒。
よく考えたら、池駒が私とカップルってことにしておけばいいって言ったこと、あたかも私がまだ六神を好きだということに気付いているような言動だ。
池駒に限らず、まゆゆや刈谷、大輪田くんにも、きっと私がまだ六神に未練があることがばれているのかもしれない。だからこその仕組まれた同期会だったのかと。
そんなに私って。分かりやすいかな。
それに気付いてしまえば、今さらながらに色々と恥ずかしくなってきた。
このまま埠頭から海に飛び込んでしまいたい欲求に駆られるも、朝ごはんがまだな私は、とりあえずコンビニで買ったスパムむすびを食べることにした。
オフィスとコンテナターミナルの間には、丸テーブルと椅子が並ぶオープンテラスのようなフリースペースがある。
早く出勤したのが運のツキか、そこにはまだ私しかいなかった。