Un BUTTER
――――「……お前と絶縁なんて、無理だから。」
――――「ストーカー行為でもなんでも関わりにいくし。」
――――「うん。友達でも悪友でもなんでもいいから。」
磯の香りと波の音に五感がさらわれる中、先週の昼休みのことが思い出される。
友達だろうが恋人だろうが、自分が心を開いた相手ならストーカーもするしキスもできると。
本物の彼女は、スタイルが良くて背も高くて、色白な美人さんだった。池駒は非常識だと言っていたけれど、それを躊躇いなくできてしまうのは勝ち組の余裕という見方もできる。
ハリウッド映画で、彼氏の職場に平気で乗り込んでいく彼女はごまんといる。日本の常識に囚われない、グローバルな彼女と言い切れなくはない。
そんな風に六神と六神の彼女のことばかり考えているの。なんか、疲れた。もうそればかりを考えている時点で私は負け組なのだから。
自分の右往左往する感情に振り回されるのは―――いくら寿命があっても足りないように思う。
このまま本当に海に飛び込んでみてもいいのかもしれない。
「……今日なんでこんな早いの。腰丸まってるし、すでにばばあなの?」
頭上から私をばばあ呼ばわりする声が聞こえて、いやいやそいつを見上げる。
今日も私を見下げる顔は、朝からとっても険しそうだ。
「最近私、早いよ?独り身のばばあになんか用かい。」
先週、六神からの連絡がなく、いてもたってもいられず朝早くに出勤してからというもの、これが日課になりつつあった。
「んじゃじじいも座らしてもらうわ。」
六神が私の目の前の椅子に座る。
さっきコンビニで視線がかち合った手前、彼女の事実をスルーするのは逆に気にしてると思われそうだから、それとなく老後の文中に挿入してみる。
「わしはじいさんが羨ましいわい。じいさんは独り身じゃないから死ぬのも怖くなくてね?」
「そうだな。でもまあ、ばあさんが死ぬ時は俺がいてやらなくもないけど?」
「でもじいさんが先に死ぬかもよ」
「うるせーばばあ」
両手でつかむスパムむすびを、ゆっくりと大事に食べ始める。ばばあの演技を掘り下げる私を見て、六神が咳払いとため息をかぶり気味に放った。
「……あのさあ、さっき、お前、」
「ん?」
「……いや。やっぱいいわ。」
「……」
“さっき、お前、俺の彼女見てどう思った?”
そう聞くつもりなのだろうと思った。
だから、ありのままの姿をありのままの自分で伝えることにした。
「彼女、スタイルいいし、色白で綺麗で。でもなんか性格は可愛い感じの人だったね。よかったね。」
「……は?」
「私みたいな元カノなんかよりもずっといい彼女そうで。」
「………」
私の皮肉めいた言葉に対し、無言の六神がどんな顔をしていたのか知らないし、私も今どんな顔をしているのか分からない。
咄嗟に六神の手が伸びてきて、私の手首をつかむ。
「あ、」と自分の漏れた一文字が、そのまま六神の開いた口の中へと吸い込まれそうになった。
六神が、私の食べかけのスパムむすびにかぶりつく。
なんか、えろい……。六神の口角はきゅっと彫りが深くて、その大きな口が荒々しくも扇情的にみえてしまうのだ。
ゆるいキスなんかよりもずっと官能を誘う六神の行為に、ただ呼吸を必死に促すしかなかった。
「……朝から塩分取りすぎた。」
六神が自分の唇を中指でひと撫でし、艶のある唇を造る。
自分が持つスパムむすびを見れば、スパムの部分が跡形も無くなっていた。この野郎。
「そういえば、前にお前が担当してた味八《みはち》フーズってとこ、覚えてる?」
「ああ、フリーズドライ製品輸出してたとこ?」
「今俺その親会社担当してんだけど、味八フーズが今度冷凍の柚子皮をカナダに輸出する企画があるんだって。」
「へえ。柚子ピールとか美味しいよね?」
「まあ日本の柚子は香料で使われやすいけどな。もし案件取れたらお前に申請業務投げていい?」
「いいけど。そっちの担当に任せた方がやりやすいんじゃないの?」
「もし企画通ったら、前お世話になった実来さんにお願いしたいって言われてるし。」
「……なぜ。」
「対応がスムーズだからやりやすいって。」
そんな指名制度がこの世にあるなんて、あたしゃ知らなんだ。
味八フーズのフリーズドライは、一年前まで私が担当していた輸出案件で、今では海外でフランチャイズ展開するため、親会社の味八物産が引き継いでいるらしい。
子会社である味八フーズは一応中小企業になるため、私のいる一課の担当ということになってはいるものの。六神が親会社から芋づる式に狩ってきたなら、三課の仕事としてやればいいのだ。
だから名指し指名なんて、かなり嬉しすぎる。嬉しすぎるのに、手放しでは喜べない。ただ海に飛び込みたい気持ちと相殺されて、平常心に戻るだけだ。