Un BUTTER
№.chagrin
海運業界で働く唯一の特権が、海に近いことだったりする。
私はこうみえて就活の時、エントリーした事務職60社のうち、試験や面接までこぎ着けたのは、たったの3社だった。
最終面接までいったのは2社で、内定を貰えたのは1社のみ。まかりなりにも自分は明るく威勢のいい人材だとばかり思っていたから、そのショックは当然大きいもので。
だからたった1年半で公務員を退職した六神にイラつくのと、なんで辞めたのかという疑問と、なんで隠してたのかという疑問がずっと頭にあって。
今すぐにでも問いただしてやりたいのに、この男は今日も私の朝飯をたかろうとするのだ。
「いつの間にあんバター好きになった?」
あんバターコッペパンを恵方巻きのようにかぶりつく私に、六神が冷ややかに言った。
最近日課になりつつあった早朝出勤が定着する中、六神も六神で、私のテラスでの優雅なひとときを邪魔しに来るようになった。
「前あんことバターは別々がいいって言ってなかったっけ?」
「反逆してみたいよね。たまにはさ。」
「どこの他国の衛兵だよ?素直に“美味しいと思うようになりました。”って言えば。」
「“おいしいと思うようになりたいです。”」
「小学生の感想文か。」
早くもコンビニの棚からあんバターブリオッシュが撤退して、今はあんバターコッペパンが発売されている。
新商品に飛びついてしまった軽率な私は、目の前の六神に無心の表情を放っていた。頭の中とは裏腹に。
前職を隠してたということは、きっと私に知られたくない事情があるのだろうし。3回聞いても3回はぐらされているわけだし。
もしそこに踏み込んでしまえば、もれなく“実来ウザい”のらく印を押されて、もうここに六神は来なくなるかもしれない。
悶々としつつも、いまだ六神への想いが私の頭のすみっこで暮らしているかと思うと、それを無理に退去させることもできなくて。
付き合っている時のハニートラップの勢いって、何が引き金になったんだっけ。あの時の勢いが今の私には足りない。
塩すぎる六神が私の引き金を引いたことを思い出すと、今の六神は塩よりもけっこう甘い気がする。まさに今私が食べているあんバターのような感じで。
かといって女子にとっては大優勝である甘じょっぱいほどの味覚にも至らない、この朝からもったりとした感覚。
これが俗にいう、じれじれ状態のジレンマってやつなのだろうか。
「ねえ六神、」
「なに?一口くれんの、それ。」
「いやあんただって好きじゃないって言ってたじゃん。」
「でも嫌いともいってない。」
「そのどっちつかずな感じ、非常に人間味があって悪くないよね。」
「お前もね。」
あ、笑った。
六神の涙ぶくろと口が、いい感じに微動する。そのじれじれな笑顔が、どうか私のものだけになればいいのに、だなんて。
今さらそう思ってしまった事実には、朋政先輩に後ろめたさを感じるため、すみっこで借り暮らしをして頂こうと思う。