Un BUTTER
シールが到着するまでの間、現場の倉庫内で、池駒と他の現場の3名とで、タオルを持ち、商品の水滴を拭う作業をしていた時のことだった。
「実来!」
倉庫の入口に、なぜかまばゆいオーラを放つ朋政先輩が現れた。
「は、はあっ?!朋政、課長?!」
池駒が驚いた声を上げ、しゃがんで作業していた私も慌てて立ち上がる。膝いたい。
「せ、先輩?!なんで、ここに?!」
「たまたま山城課長に研修会の件で電話したら、山城課長から愚痴られてね、」
「えっ、」
「朋政くんが昔契約とってきた味八フーズの件で、実来くんがやらかしたって。」
「う、うそ」
や、山城課長!なんつー余計なことを!
昔私が担当していた味八フーズのフリーズドライ商品は、実は朋政先輩が取ってきた契約だった。
きっと山城課長は、自分よりも年下なのにデキる先輩に対して、嫌味で言ったのだろう。
「僕も営業で外出てたからついでに来てみたんだけど。実来、自分の尻拭いは自分でしろってあれほど言ってあったよね。」
厳しい先輩の表情に、私はただ頭を下げることしか出来なかった。
「……はい。」
「シールを先方に持って来させるとかどういう頭してるの?さっき謝罪の連絡入れたら、あと2時間ほどで持っていきますって言われたんだけど。」
すでに事情を把握し、先輩自ら味八フーズに連絡を取っているだなんて仕事が早すぎる。しかも先輩は、ただ嫌味で話されただけだというのに。
「そ、それは、味八フーズさんが持って来てくれるっていうので、」
「こっちの失態で先方に甘えるな。取りに行きますくらいのこと言えなくてどうするの?」
「……すみません。」
「ミスが許される年じゃないんだ。もしどうしても自分だけでカバー出来ないと思った時は僕にすぐ電話しろよ!」
「…………え、」
「僕は実来の元教育係兼恋人(仮)兼婚約者(仮)なんだから。」
話がとんでもない方向にいきかけてる間にも、池駒の表情が驚きのあまり、とんでもないことになっていた。
先輩の、『当たり前でしょ。』みたいなその得意げな顔は、梅雨前線のような季節の天気と共にしれっとやってくるらしい。
私、まだ返事してないですよね?どうして(仮)とか不確定の状態でもそんな自信満々なんですか?
「は……え?えと。課長と実来ちゃんて、そんな感じ?」
『そんな』と指示語を使う池駒の中でも、まだ処理しきれずあやふやなのだろう。
「池駒君、地獄の現場作業が辛いならいつでも僕に相談してね。僕なら人事に掛け合えるから。」
先輩が満面の笑みを池駒に放つと、池駒の顔はなぜか赤く染まっていた。
今の先輩の言葉を要約すると、私たちのあやふやな関係性を黙っとけよと。そういうことだと思うのだけど、当の池駒は「いや俺この仕事嫌いじゃないんで。」と返していた。
「とにかく今から謝罪ついでに成分表示シールを取りに行くから。実来、身なりを整えて一緒に来て。」
「は、はい」
ミスが許されない年齢の自分が情けなくて、俯きっぱなしでいれば、先輩が軽く頭を撫でてくれた。
うちの山城課長なんて何もしてくれていないのに。自分の尻拭いは自分でという先輩の方が、よっぽど部下想いのいい課長だ。
この人の下で働けたことを誇りに思おうと改めて感じた。
「しゃんとしろ。怒られるほどの年齢じゃない癖に、僕があえて怒ってやってるんだから。」
怒られるうちが華と言われる新人時代を駆け抜けてしまった中堅というのは、ミスをした時、誰にも何も言われないのが一番辛い。そう、例えば私の父親や六神がだんまりになるように。何も言われないのが一番応えるのだ。
だから最近だんまりが減ってきた六神は、もしかするとそのことに気付いたのかもしれない。
じゃなきゃ、今ここで先輩に言葉をかぶせてくることもないはずだ。
「俺も、実来にはちゃんと怒りますけどね。」
ふと顔を上げれば、先輩はまっすぐと前を向いて、その瞳に閃光を走らせている。
振り返れば、ベスト姿の六神が倉庫の入口から歩いてくるところだった。
「何しに来たの?」
先輩がひやりとした声で六神に問う。
「何しにって。その案件、そもそも俺が狩ってきた仕事なんですけど。」
「相変わらず君は上司に対する態度が歪んでるね。まあそういう目上に媚びないところが評価される部分でもあるんだけど。」
「お褒めの言葉あざーす課長。」
私がミスさえしていなければ、ここで六神の背中をひっぱたいて言葉遣いと態度を注意できるのだけど。私に仕事を投げてくれた本人相手に、今は縮こまることしかできなかった。
『俺が六神に連絡入れといたんだ。』
『え、そうなの?』
『さっき実来ちゃん、六神からきた仕事だって言ってたから。まずかった?』
いつもなら池駒のお節介はうざいと思うところを、首を振って否定した。なんにせよ六神には報告しなきゃならなかったし。早い段階で顔を合わせられて良かったと思う。
「課長。俺も一緒に味八フーズ連れってってください。」
「君はどちらかというと親会社担当なんじゃないの?僕と実来さえ行けば特に必要ないでしょ。」
「あるでしょ。俺味八フーズとの担当と何度も顔合わせてるし、“柚子皮”は俺と実来の案件なんですよ?」
「一応社内でも先方には敬称はつけるべきなんじゃない?」
「必要性を感じない場では無駄なことはしたくないんで。使い分けができてる大人なら問題ないでしょ。」