Un BUTTER
池駒が目を泳がせハラハラしているも、私は絶望に打ちひしがれていた。
今は先輩と六神のやり取りなんてまじどうでもいい。それよりも1秒でも早く謝罪したいし、シールを取りに行って貼替作業に取り掛かりたい。
結局、「まあイケメン二人揃えて行くのに損はないか。」と先輩の自意識過剰発言により、3人で味八フーズへ行くこととなった。
先輩が乗ってきた白い社用車に、六神と後部座席へと乗り込む。
「実来、名刺は持ってきた?」
「はい。持ってきました。」
残りの水滴を拭き取る作業は、暇をみてまゆゆや他の先輩、後輩が手伝ってくれることになった。ここまで皆に迷惑をかけたことなんて今までにあっただろうか。精神にこたえる。
「それと、明日までに報告書の提出を忘れないように。あとシール貼替前と貼替後の商品画像もちゃんと添付してね。」
「はい。」
並んで座る六神が、小さく舌打ちをする。
「子供じゃあるまいし。そこまで言われなくたって実来にだってわかってるでしょ。」
先輩が前のミラー越しにこちらを一瞥した。
「実来がここまでのミスをしたのは初めてなんだ。新人の頃、唯一泣くことのなかった実来からしたらパニックに陥っているはずだから。こっちは教育者としてフォローしてるだけだし、何も知らない六神君が横やり入れることじゃないよね。」
基本的に、先輩の下について泣かなかった新卒者はいないらしい。いや唯一泣かなかったのが私だけなのだとか。まゆゆでさえ泣かされたというのに、私の根性どこまで曲がってるんだと自分でも嫌というほど自覚している。
「実来はどこまでも頼ろうとしない人間だから、頼りやすいよう僕から手段を提供しているんだよ。」
「そういえば課長。うちのお局がまた今度課長と二人きりで飲みに行きたいって言ってましたよ?またタワーホテルのバーがいいって。」
「ああ、三課の早瀬さん?彼女かわいそうに。妄想癖と虚言壁があるんだよ。それって別の課長の間違いじゃない?」
「早瀬さんは、また青司《あおし》クンと飲みたいってはっきり言ってましたけどね。」
「あおしくん?随分といい名前だね。きっと男前に違いない。」
朋政青司は笑いながら言った。
因みに、先輩と六神が今までに同じ部署で働いたことはない。
たまたま先輩が一課から三課へ異動するタイミングで六神が一課に入社し、そして六神が三課へ異動するタイミングで先輩が本部へ異動となった。六神は後任のように先輩の後を追っている形になっている。
仕事の引継ぎで、たまに連絡を取ることはあったと聞いているけど、こんなに仲がいいとは初耳だ。
「六神君こそこないだの研修会で本部来た時、女性社員に連絡先聞かれてたよね?何人に教えたの?」
「自分にとって有益そうな本部長のみですね。」
「あの人、人の顔と名前を覚えられないから六神君のことはきっとすでに忘れてるよ?」
「課長、今しれっと本部長ディスりましたよね」
なんでこの人たちこんなに元気なんだろう。その元気の方向性を落ち込む私に向けて欲しい。私を慰めるという頭はないのかこいつら。
味八フーズに着けば、中小と聞いていたにもかかわらず、そこそこ広大な敷地だった。製造工場も付随しているとはいえ、オフィスはガラス張りで、外からは屋上庭園も見える。
ロビーには横浜には相応しくない、名古屋の名産品、「でらうま餡サンド」というポスターが貼ってある。
先輩がこそっと「名古屋の名産品でも横浜で製造してたり、横浜の名産品が九州で製造されてるなんてことはよくあるんだ。」と教えてくれた。
先輩が受付の女性に声を掛ければ、彼女が先輩と六神を交互に見るやいなや、顔を赤くし声を震わせた。
担当者である堀田《ほった》さんが来るまで、待合室のソファで待たせてもらうことになった。
だたその間にも、先輩と六神は嫁と小姑のごとく言い合い合戦を繰り広げており。緊張感をくみ取ることなどお構いなしか。
私を間に挟んだ二人の攻防など、私の耳には入らない。心臓が早鐘を鳴らす中、謝罪時のマナーについてもう少し勉強しておけばよかったと後悔していた。
ドアのノックが聞こえたと同時に、先輩と六神がスッとソファから立ち上がる。私も慌てて二人にならった。
「お待たせしました!」
担当者である細身の眼鏡の男性、堀田さんが入ってきた。腕まくりをし、シールの入った紙袋を両手に持っている。
すると先輩と六神が、ゆっくり頭を下げ、先輩が言った。
「この度はうちの実来がご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
続いて六神が謝罪し、私もその後で謝罪の言葉を述べた。
緊張感をくみ取れないと思っていた二人が、嘘のように美しい所作でお辞儀をするのを見て、思わず息を呑む。
「いえ、実来さんには以前、嫌というほどこちらの要求を聞いて頂きましたから。」
「ですが、冷凍を常温にしてしまえば変色などの問題も発生するかと」
「柚子皮はカナダで粉末にしてシーズニングに使われる予定ですので、多少の変色は問題ありませんよ。冷凍してたって変色はしますから。」
先輩が問題を提示したのに対し、堀田さんは大丈夫だと言ってくれているけれど。彼が腕まくりをして、こめかみに汗をかいているのを見れば、賞味期限を変更したシールを打ち出すだけでも大変な作業だったことがうかがえる。