Un BUTTER


「まあ、そうですね。なんで辞職したかは、多分課長のご想像通りだと思いますけど」

「へえ、僕の想像通りってことは。六神君て相当ゆがんでるねー。だって、え?嘘でしょ?そんな理由一つで公務員辞めれる覚悟があるって。」

「まあ、自分でも少しはゆがんでる自覚ありますけど、課長みたいに外堀りから埋めようって程じゃありませんよ」

「いっそ“むがみ”君から“ゆがみ”君に改名しなよ。」

「あはは喧嘩なら低価格高品質で買いとりますけど?」

「てか農政局なんてよく辞めさせてもらえたね。たった1年半で辞職とか、どれだけ上司の肩書に泥を塗る行為か分かってる?」

「さあ?俺は辞職するつもりの部下でしかなかったんで分かりませーん。」
 

私には何一つ理解できない二人のやり取りに、言葉を追うことすら出来なかった。“ゆがみ君”と“低価格高品質”という言葉以外は。

六神がゆがんでいるというのは、態度と性格そのものに合致するものの。ただそれが農政局を辞めたことにどう繋がるのか、私には難問すぎた。

難問を考えてもお腹が空くだけなので放棄しよう。



それから会社まで送ってくれた先輩は、これから訪問する営業先があるそうで、そのまま別れることとなった。


「この仕事片付いたら二人でラグジュアリーホテルのレストランで地中海ディナー食べたついでに一泊でもしようね、春風!」


運転席の窓から、外に立つ私に言い放った先輩。やっぱり余計な一文を言い残して去って行った。

紙袋を持つ六神が、「言い逃げ反対」とつぶやくと、気怠そうな足取りでオフィスへと向かう。私も慌ててついて行こうとしたところで、六神の背中のシャツをつまんだ。

 
「待って、六神、」

 
どのタイミングで言おうかと悩むことなく、すぐにお礼を言いたくなった。六神がそっと肩越しに私の方を振り返る。


「あの、六神がせっかく狩ってきてくれた案件で、ミスしてごめんね……。それと、ありがとう、ございます。」


言ってから急に恥ずかしくなってきて。足元からじわりじわりと熱が這い上がってくる。よく考えたら久々に本体と本体が対面したのだ。最近は電波《メッセージ》と電波《メッセージ》のやり取りばかりだった。

今にも太陽の香りが漂ってきそうな身体が間近にあって、気を抜けばその体温に焦がされそうになるから困ったもんだ。

でもこのまま下を向いているのもよくないと思い、少しだけ目線を六神の顔の位置まで上げてみる。

すると六神が顔を少し赤らめ、ふいに横を向いて。こんなことを言うのだ。


「お前のよわってるとこ、まじ勘弁……」
 
「え。」
 

らしくないとか。そういうことを言われるのかと思ったのに。


「でらかわいくて、IQ下がる……」 

「は。で、でら?」


なんでいきなり、名古屋弁?

一体、なにが?どうしたというの、ゆがみくん。

IQが下がったらしい六神が、速歩きでオフィスの方へと向かう。

それ以前に、え?かわいいって言った?
かわいいって?六神が?
ねえ六神が??私を?!


「……え、ちょ。アンコール、」

「一旦事務所戻ってからシールの貼替作業手伝いに行くからよろしく」


よろしくって。どう考えても“よろしく”するのは私の方なのに。なんで、そんな優しいことを言うの。怒ってくれるんじゃなかったの?

私も一旦戻って、山城課長に報告しないといけない。アンコールを求めている場合じゃない。



腕時計を見ればもう14時過ぎだ。貼替え作業の人数を揃えられるかもわからないし、今から取りかかったとしても確実に18時は回る。私も速足で六神の背中を追いかけた。

山城課長への報告が終わって倉庫に戻れば、まゆゆと池駒、他4名が水滴を拭き終わっているところだった。


「ありがとう、みんな~(泣)」

「大丈夫、今度生ビールと生ドーナツを1セットずつ奢ってもらうから!」

「なにその高カロリーセット」

「俺は筋トレ中だからサラダチキン5個でいいわ」

「それカロリー同等だから」

「私は推しのアルバムでいいから。」

「一番高額じゃん」


営業回りで忙しいはずの六神まで本当に手伝いにきて。合計8名の作業になり、18時を回るどころか20時を回る羽目に。

一年の賞味期限が貼ってあるシールの上から、修正された半年の賞味期限のシールを貼っていく作業が難航した。重ねて、ずれないように貼る作業は、慣れない私たちにとって想像以上に体力と神経を削るものとなった。


「まゆゆには早めに帰ってもらって正解だったね」と、なんとなく池駒を見て伝えれば。池駒は少し気恥ずかしそうに、「だな。」と返してくれた。


結局すべての作業が終わったのは21時で、私は疲れのあまり泣く気力もなく、ただ皆に頭を下げるばかりだった。ミスによる仕事は達成感よりも脱力感の方がずっと大きい。

倉庫から外に出れば、ぐずついた天候が悪化し雨が降っている。


「俺は今日まだ現場の見回りあるから。六神、ちゃんと実来ちゃんと一緒に帰ってやるんだぞ!」


池駒に言われて、もう遅いからと、六神と駅まで一緒に行くことになった。

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