Un BUTTER
六神が最後まで付き合ってくれたことに胸が高鳴る。
弱くてダメな自分でも切り離さず、受け入れてくれることを知ってしまった私は、六神への気持ちを改めて自覚するしかなかった。
今日一日、六神は自分の仕事を他の営業に引き継いだそうで、そこまでしてくれたことに好きよりももっと上の感情を抱いてしまったのだ。
それが自分の胸を締めつける行為だと分かっていても、どうしようもなく愛しいと感じてしまった気持ちは、私を少しだけ素直にさせてしまう。
「六神、本当に、ありがとう。あんたがいてくれなきゃ、私、駄目になってた。明日から、引きこもりのニートになっていたところだった。」
駅の構内で、デート帰り際の恋人みたいなシチュエーションになり、しとしと雨の効果も手伝ってか、淡い雰囲気を創り出す。
で、外はあっという間に強風を伴う土砂降りになった。
「ほらみろ、お前がめったにないこと言うもんだから天候が悪化した」
「わあ、ほんとだ。私ってば天気の子だったのか〜」
途中の駅まで一緒のため、電車に乗り込むも、一駅先で電車が停止してしまうからこりゃ参った。
【この先の駅では、悪天候により運転を見合わせております】
会社から一駅先の駅のホームで、人混みの中、後ろから背中を押され、思わず六神に縋りついてしまう。
その時、触れた六神の身体がやたら熱く、違和感を感じる。
「……六神、なんか、あつい?」
「……え?」
六神を見上げれば、目がとろんとして、少し意識が朦朧としているように見えた。
「ちょっと、大丈夫?!」
手で六神の頬に触れれば、案の定かなり熱い。
「気持ち悪いとかある?お腹、痛い?頭痛い?」
罪悪感よりも、胸きゅん効果がもたらされた。
こんな状態で今日私のミスに一日付き合ってくれていたのかと思うと、愛しいよりもさらに上の気持ちが芽生えてしまう。ので自制するしかない。
でもその自制心を、IQが落ちた六神がストレートに打ち砕きにくるから、もはや打つ手がない。
「春風と、一緒にいたい。」
私が頬につけた手を取って、そのまま自分の頬に擦りつけるようにする六神。発熱した体温を上手く感じ取れない私の手が、六神の言うなりになっている。
「ちょ、な、」
会社の人がいるのではと人目を気にしながらも、やっぱり私はそれを振り払うことができない。ほのかに香る六神の甘さには、パクチーにも似た依存性があるのかもしれない。
「だめ?」
「……だ、」
「お願い、春風」
そんな困ったような表情を主張されれば、拒否することなど当然できず。ただ私が即答しなかったのが気に食わなかったようで、少しだけサドい六神が姿をみせた。
「今日の見返り。ちょうだい?」
かすかに上げられた口角から六神の色香が放たれる。ただすでに夜とあってか、その色香は仄暗い妖艶さをまとうかのように変色気味だ。
外の豪雨でいつ電車が動くかも分からないし、私たちはその駅で一旦降りることにした。
タクシーも大混雑で、その列も列を成す意味があるのか分からない。
傘も無意味のため、もう海から這い上がってきた海坊主と半魚人のようだ。港というのは、周りにいくつものホテルがあるから、まだうちの会社の近くでよかったと思う。
とりあえず近場のビジネスホテルにフラフラな六神を連れて乗り込んだ。
「あー、疲れた〜!!」
私がぐちゃぐちゃになった靴と靴下を脱いでいると、六神がそのまま濡れた状態でベッドに倒れ込もうとするので、慌ててそれを阻止する。
「待って、風邪、悪化しちゃう」
六神のびちょびちょなシャツを脱がしにかかる私。
付き合っていたのに、一度も六神の裸を見たことがなくて。彼女は幾度となく見ているのかと思うと胸の奥が軋む。
ベッドの縁に座る六神のシャツのボタンを、慣れない手つきで外していけば、引き締まった浅黒い男の肌が現れて。動揺で手が震え始める。
いつもならからかわれそうなところでも、六神はそんな私の手をじっと見つめているだけだった。
「……さ、さむい?」
顔を覗き込めば、やはり意識がはっきりしないようで、まぶたが三分の一ほど落ちている。
バスルームから取ってきた大きなタオルを肩からかけようと、座ったままの六神を覆うような格好になったところで。
「さびしい」
という六神の声と共に、ベッドに倒れ込みながら抱きしめられた。