Un BUTTER
そこまで怒ることないじゃん。
大体、私たちって、付き合うことになったってことでいいの?六神は寝落ち間際に“大好き”だと言ってくれたけど。それを覚えてるのだろうか。
思えば六神は、私たちの関係が悪友でしかない時期でもよく怒っていた。
平気で先輩から貰った腕時計が私に見合わないと言ったり、先輩との電話を平気で邪魔したり。直接本人を前にして、盾突いたりもして。
もしかして六神って。思ってる以上に重い?
「ごめんね。」のメッセージを入れてみれば、怒ってますよアピールなのか全然返ってこないし。勝手にふてくされてる子供みたいだ。
怒った六神にも上手く気持ちが伝えられず、朋政先輩にも断われず。そんな覚悟が定まらないある日のことだった。
会社を囲う柵の前に、見たことのある黒髪の女性が待っていた。コインパーキングには目立った赤い外車が駐車してあるのが見える。
キナリのロングワンピースに、小さめのショルダーバッグを肩から掛けている。モデル顔並みのスタイルに、嫌でも目がいってしまう。
嫌な予感が頭の中をぐるぐると旋回する。六神は確かに切ったとは言っていたけれど、よく考えたら別れたとは言っていない。
六神が勝手に自然消滅ということにしているだけで、彼女からしたらそうじゃないかもしれない。
自然消滅で別れたと思っていたら、実は相手はまだ付き合っている感覚で、本人も気づかない間に二股なんて事態に発展しかねない。
『あ、こんにちは!最近六神と別れた彼女さんですよね?』
『あ、どーもー、最近六神にすぱーんと切られたという噂は本当ですか?』
ライバルに対し、マスコミ関係者のような話しかけ方しか思い浮かばない。
いつものコミュ力の暴力で立ち向かっていけたらどんなにいいだろう。六神のこととなると、どうしてこう、私って、だめだめな彼女でしかいられなくなるのだろう。
でも警備員のいる箱を通り、ゆっくり会社の入口の方へと歩いていく途中で、六神の彼女がこちらに気が付いた。
目と目が合った気がして、なんとなく会釈をしてみる。そのまま入り口へと歩いて行けば、彼女が私に向かって微笑んだ気がした。
「大当たりぃ!待った甲斐あったー。」
そう間延びしたような声をだして首を回す彼女。今のは私に向けて言った言葉なのか、後ろを振り返ってみても他には誰もいない。
火花を散らされるのも承知で、彼女に話しかけてみた。
「あ、あの。こんにちは。六神の、彼女さん、ですよね。」
まだ彼女かどうかは分からないけれど、こうして予防線を張らないと話しかけづらかった。
「う~ん。彼女、というよりは。セフレ?」
「え……」
「ちと君から聞いてない?黒髪のセフレって。」
適当に付き合っているといっていたことは、本当だったのか。
なぜだろう。公式の彼女の方がまだマシなんじゃないかと思えてしまうこの気持ちは。六神がそんなセフレを作るような男だとは思いたくない。
「……あの、六神なら今日は午後から本部で研修会なので、ここには帰ってこないと思うんですけど。」
「ああ、チガウチガウ。あなたに話があるの。」
「私、ですか?」
「うん!あなた、はるかちゃんでしょ?!」
まさかの名指しをされて、「うえっ」と声が上ずった。なぜ彼女が私の名前を知ってるのかなんて言うまでもない。ただ六神が彼女の前で自分の名前を出していたのかと思うと、複雑な心境だ。
場所を変えて話そうと言われて、何かされるのではと彼女の赤い外車を前に戸惑っていると、彼女が私に名刺を渡してきた。
旅行代理店の契約社員をしているようで、“稲垣水絵”と書かれている。
「もし私がはるかちゃんに何かしたら〜、会社に訴えればいいから!ふふ」
「そ、そんなことは決していたしませふふふ」
彼女さんのノリに上手くついていけてるだろうか私。どことなく常人っぽさのない彼女が普通に旅行代理店に勤めているというのが信じられない。
「はるかちゃん、カフェなら猫カフェ?小動物カフェ?」
車内で助手席に座る私にそんなことを聞いてきた。
……えーと?それは今から話をしに行く場所はどっちがいいかということ?
まゆゆでも思いつかない提案に戸惑っていると、水絵さんが、「はるかちゃん小動物っぽいから小動物カフェいこ」と車を走らせた。
で、この人は本当に私を小動物カフェに連れてくのだから六神ヘルプ。
動物アレルギーではないけれど、特に好きってわけでもないし、なんならけっこう高いから今まで来たことがなかった。その初体験を何がどうして六神の元セフレと来なきゃならんのか。
「私、うさぎって好き。」
「……大人しいから、ですか?」
「ううん。寂しいと死んじゃうから。」
「………」
理由になっていない述論こそ、哲学というものなのか。頭の悪い私にはわかりません。
水絵さんがしゃがんで、抱いていたうさぎをゲージに戻す。
キナリのワンピースを着た彼女の腕には、随分とカジュアルそうな腕時計がつけられていて、なんとなく違和感を感じた。
私はこの空気をどうしていいか分からず、若干六神に似たシャープなフクロウに視線を移した。
「その子、どことなくちと君に似てるね!」
棚の上のゲージにいるフクロウを見た水絵さんは、私と同じ感性なのか、それとも頭の中には六神しかいないのか。どちらにしろ嫌なので、勇気を出して聞いてみることにした。
「あの、六神とは、別れたんですよね?」
水絵さんがフクロウから私へ視線を流す。
「だから、セフレだから別れたとかじゃないって。」
「でも、六神はもう関係は切ったって、」
「ちと君はそう思ってるかもしれないけど、私はそうは思ってないよ?」
「え」
「だって、セフレなんだもん!好きな時にやるだけなんだから、また欲求不満になれば誘うよ?」
ああ、この人とは何かが合わない。セフレだの恋人だのという言葉に括られるのではなくて、自分の都合で遊べる相手はとりあえずスマホに登録しておくと。そういう信仰心をお持ちの方なのだろう。