Un BUTTER
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水絵をすぱーんと切った方法を伝授しろだ?
たかが告白してきた課長とはワケが違いすぎるんだからできるわけねーだろ。
ある日の朝、テレビをつければ、朝のワイドショー番組でアイドルグループのライブ映像が流れていた。
6人組の、素人目からみても名高い、サニーファクトエンターテイメントから輩出された男性アイドルグループ『RainLADY《れいんれでぃ》』。
そのライブ映像で、6人組の中でも恐らくエースであろう男が、汗をほとばしらせながら大きく手を振り一礼をした。
そして、『みんなありがとー!!』という需要しかない笑顔を振りまいたかと思えば、何かスイッチが切れたかのように空気が変わる。
『あー……おれたちを ここまで そだててくれた おんじんである サニーさんには とてもかんしゃしています』
顔が、一気にやる気を失くしている。さっきまでのあざとスマイルどこに置き忘れた?いかにも、カンペ通りに読んでますけど?といった感じだ。
『サニーさん ありがとう ほんとうに ありがとう 笑 ございます』
芸能界に全く興味のない俺ですら、興をそそられた。なんて名前だったかと画面を見れば、「磯良亜泉《いそらあづみ》(23)」とテロップが出ていて、芸名か本名かも分からないほど覚えずらい名前だ。
男寄りの中性的な顔立ちに、ゆるいベージュの毛先には汗がしたたっているのに清潔感しか感じられない。しかし、次の彼の言葉は、またそれらの空気とは違ったものを醸し出す。
『俺の大事なものを守るため、俺は今を素直に生きています。でももしいつか俺が全てを捨てる覚悟ができた時、必ず、必ず君を迎えに行くから!』
誰もその意味深な発言を理解できないまま、黄色い声援が湧き上がる。
少し、嫌な予感はした。
朋政課長ほどの勘は持ち合わせてはないものの、俺が調べた“稲垣水絵”という人物に、もしかすると繋がるものがあるのではないかと。
俺は、お返しに水絵の弱味を握ろうと試みていた。でもスマホは当然ロックがかかっているし、寝ている間に盗み見みれたものといえば免許証のみだった。
もしかすれば“稲垣水絵”という名前を大学から辿れば、水絵の綻びが出るのではないかと思いついた。
桐生《きりゅう》に助けを求めたなんて人生の汚点でしかない。
『不死原叶純《ふじわらかすみ》と連絡取りたいんだけど。』
『は?いいと思うけど理由によっちゃ駄目だと思う。』
『資格試験で卒業証明書もらいに行きたいんだけど。必要書類を教えてほしい。』
『あーわかった。正当な理由によるなら聞いてみるわ。』
文学部所属だった学び舎の王子こと不死原叶純《ふじわらかすみ》は、今俺たちの母校で大学職員として働いているらしい。
桐生曰く、不死原の彼女が大学で働いているから不死原も就職したということらしいが、俺も実来を追って今の会社に転職しているため、恋は盲目という言葉を如実に感じてしまう。
桐生が不死原に取り次いでくれたお陰で、俺は無事、不死原と会う約束をとりつけることができた。
「同じ大学でも全く接点のなかった俺に何のようですか?法学部学籍番号L1075の六神千都世くん。」
「今は法学部所属じゃない。農政局をわずか1年半で辞職し、推薦者である佐渡教授に汚名をきせて、今では央海倉庫横浜支部国際営業部三課にのうのうと所属してますけど。」
「いやあ会ってすぐに自ら手札を並べてくるあたり、どうやら美徳商法を持ちかけられる話じゃなさそうだね。」
「話が早くて助かるわ、頭のいい不死原くん。」
仕事終わりに、比較的人が少ない駅のショットバーで待ち合わせたをした俺と不死原。酔わせて不死原の弱みを握ろうなどとは微塵も思っちゃいない。
「つまり報酬よりも、俺の何かしらの弱みを人質に、その“稲垣さん”を調べてほしいと、そういうこと?」
報酬として、ちゃんと大人の嗜み程度の金額を払うつもりだったが、報酬はその脅されている話ネタと後日結果を報告するだけで充分だと言われた。
「その稲垣さんって女が地の底に落ちることを祈ってるよ、六神君。」
そう別れ際に言った不死原の笑顔は、美しくも悪徳商法で好成績を収める営業マンのようだった。
後日不死原から送られてきたメールは、
『心理学部○年卒 稲垣水絵(レオン・水絵・サニー)
○年○月 サニーファクトエンターテイメント内定済』
という情報で、添付された画像を見れば、若い頃の黒髪の女が写っていた。
レオン?サニー?どんな日本人離れした名前だよ。見た目からは想像もつかない外人訛の名前が書かれていて、怪訝に思わざるを得なかった。
昔卒業旅行のためパスポートを取りに行った際、二重国籍でパスポートに別名併記ができると記入例で見たことがある。ハーフで両親の国籍が違う場合は、別名として名前を二つ持つこともあるらしい。