Un BUTTER
「んやっ…あっ」
「もしかして、初めて?」
「ん、せ、んせい」
最初は首筋から胸にかけて、いくつもキスを落とされて。先生の指は、あっという間に私の敏感な部分に触れた。
「綺麗な脚してるね。ここ触られてるの、わかる?」
いきさつは不純かもしれないけれど。それでも私にとっては、それが大学に入って初めての恋となった。
先生は困ったことがあればと連絡先を教えてくれて。何回かは私が呼ばれて、ホテルに誘われたこともあった。
それがまたラブホテルなんてチープな場所ではなく、割といいホテルだったから大事にされているとばかり思っていて。
思えば私から会いたいと言って会ってくれたのは数えるくらいで、先生の都合で会っていたことの方がずっと多かった。
授業に論文に学会に。おまけにストレスと重圧まで加算されるのだから、私みたいに学校とバイトだけの生徒が先生に合わせるのは当然だと思っていた。
たまに夜、ご飯に誘われた時はとても嬉しかった。
帰りの車内では身体を求められたけど、それでも愛されている事を疑いもしなかった私。
でも、夏休みに突入した頃。
私はトイレで盗撮被害にあった。
連日ニュースでは盗撮関連の報道が流れていて、うちの校内でも模倣犯のように盗撮事件が相次いでいた。
もちろんまだ若かった私は、盗撮された恐怖が忘れられず、自分の盗撮写真を犯人が持っているかと思うと気が気でなく。当然恋人である先生も、同じように考えてくれるものだと思っていた。
「先生……!」
「ああ、どうしたんだい?今日はこれから出張でね、」
「私、トイレで、盗撮されて……」
「え……。実来さんが……?」
「はい。あの、どうしたらいいですか。どうしたら犯人捕まえられますか?!」
息を切らし、研究室のドアの前に立つ私を、驚いたように見ていた先生。てっきり犯人に対し怒ってくれるものだとばかり思っていたのに。
先生はすぐに腕時計に目をやると、椅子から鞄を取り、忙しなく私の方へと近づいてきた。
「そういうのは学生課に言うといいよ。」
「……え」
「じゃあ僕は急いでいるから。部屋から出てくれる?」
「……先生?」
私が部屋から出たのを確認すると、すぐに研究室の鍵を閉める。いつもの優しい先生とは違う違和感に、どうしても気付きたくはなかった。
「……私、盗撮されたんですよ?」
「それは残念だったね。」
「…残念って。せ、先生は、自分の恋人がそういうことされて、嫌だと思わないんですか…!」
他人行儀に、残念だという言葉が信じられなくて。
エレベーターまで早足で行く先生の背中を追いかけて、先生のシャツを触ろうとした。
「悪いんだけど、君を恋人だなんて思ったことはないよ。」
こっちを振り返ろうともしない先生。
その事実を容易く認められるわけがない。私は本気で先生のことが好きなのだから。
「待って下さい!先生、どうしたんですか?!」
「……静かにしてくれ。他の人間に聞かれるとまずい。」
急に態度を変えた先生も、どこか線引きを感じる先生の言葉も、私が問いただす度に酷くなっていく。
私はどんなにあしらわれようとも諦めきれず、そのまま駐車場までついて行った。
「納得できません!先生、困ったことがあれば連絡してこいって言ってたじゃないですか!」
さすがにしつこい私に嫌気がさしたのか、ようやく足を止めた先生。スーツのポケットから折りたたみ財布を取り出し、中から一万円札を何枚か取り出した。
「これでいい?」
「…………」
「慰謝料代わりってことで。取っておきなさい。」
最初はすぐに理解ができなかった。
なんで私、お金なんて渡されてるんだろう。
先生は私を可愛いって言ってくれて。先生の都合に、散々合わせてきて――――
「僕は潔癖だから、盗撮されるような子は好まないんだ。」
なにを言っているんだろうこの人。
ついこの間まで私を抱いてたのに。なにが潔癖だというのだろう。
理解なんてできるわけない。現実を受け入れられない。
私を納得させてもくれない先生は、そのまま車で行ってしまった。
辛いよりも悲しいよりも、絶望に近かった。
夏休みに入ったばかりとあってか、生徒はほとんどいなくて。
自分がどこをどう歩いてたのかなんて分からなかった。
ただ誰もいない空間に取り残された気がして。途方もなく何か縋れるものを探していた。