Un BUTTER
「実来さん、大丈夫。事務職はまだ残ってるから。」
「だって最終まで行ったのにスーパーの店長候補勧められたんだよ?もう3月まで就活しなきゃなんないかも~。」
「ほらこれ。2次募集のある会社調べておいたから。こことか待遇よさげじゃない?」
「どこ?海運?央海倉庫……?海運って、なにがいいの?」
「え、なにって。ああ、海が近いよ!」
「え!海?!どうしよう私泳げない!」
海運がどうライフセーバーに結びつくんだよ?と心の中でつっこみながらも、春風の明るい声がたまらなくかわいいと思えた。その時だった。
「あれ?あなたも4年生だよね?」
職員が資料を取りに行ったタイミングで、まさかの春風に声を掛けられた。やばい。見すぎたかもしれない。
「ああ、うん。」
「内定貰った?」
「いや、まだ……」
「え!いっしょ〜!」
春風の顔が明るくなる。同類だと思われたのが不本意だ。
「ねえ、その涙ぶくろって、自前?」
「……は?」
「あ、ごめん!あまりにもいい涙ぶくろだったからつい。」
「でも俺、一重だし。」
「一重で涙ぶくろがあるなんてかわいいじゃん!」
かわいいのはお前だと口から出かけて、慌てて咳払いで誤魔化した。
その後すぐに職員が来て、話はそこで途切れてしまったのだが。
春風と話せて、俄然やる気が出てきたのも手伝って、俺は本当に農政局に入社することとなった。
佐渡からも大学からも散々感謝の言葉を並べられて、入社前には農政局の局長に誘われて、居酒屋に飲みにも行った。
だから絶望した佐渡を思い浮かべるのが、その時から楽しくてしょうがなかった。
農政局に入社すれば、俺みたいな若い社員はいなくて、一番近い年の人間でも30歳だった。だから待望の若手社員だと周りには可愛がってもらい、辞職理由にできるようなネタは一つもないまま半年が過ぎた。
輸出証明書の交付処理を担当していた俺。これがなかなかに神経を使う作業で、税関を通る証明書のため、二つのグループでダブルチェックをすることが決められている。
毎日何百件と申請が上がってきていて、その時に海運系の企業も輸出証明申請の代行をしていることを知った。
だから央海倉庫の文字を見つけた時、自然とデータに記された申請者に目がいった。
4年の夏休み、まだ内定を貰えていないと言っていた春風が央海倉庫で働いていることを知った。
驚きが隠せず、ただ呆然とデータを見つめていれば、後ろから職員に、「それ日本語が間違っているね」と指摘されて。
英字も並んでいる中、なぜか日本語の住所の漢字が間違っていて、データ修正依頼のメールを送ってから電話をしてみれば。
「お待たせしました。央海倉庫国際営業部一課の実来です。」
本当に春風が出るからかなり動揺した。
その時に辞職理由が思い浮かんだ。央海倉庫の中途採用試験を受かるまで受けて、内定を貰った状態で、元々海運業界に興味があったと詭弁を並べればいいと。
通関士の資格も持っているからいい口実にもなる。
同じ会社に転職して、もしかすれば春風と親しくなれるかもしれないという淡い期待だけで、本当に俺はこなしていくのだから、さすがに自分自身に恐怖が湧いてくる。
ただそれが、春風を手に入れたいという欲に変わるのは遅くはなかった。