Un BUTTER

「六神君ってさ、実来と同じ大学だったんだよね?」

「あ、はい。そうですけど。」

「実来が楽しそうに君のこと話してたよ。」

「……まじっすか。」

「照れた?」

「いや。そうでもないです。」


課長が、持っていた缶コーヒーを、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。

俺は唖然としてそれを見ていた。


「はーそっかあ。やっぱなあ。」

「え、」

「廊下で実来と話してる時の六神君の顔、ちょっとやばいよね。」

「……は?」

「僕のところまでおいでよ六神君。」
 
「……」

「僕と同じ位置まできたら、とりあえず同等の敵としてみなしてあげるから。」

「……うざ。」


宣戦布告してきたのは向こうだ。あたかも春風と課長の関係を、俺にもっと意識させるかのように。鬼というよりも悪魔に近い。

でも結局朋政課長は大企業相手に出張が相次ぎ、忙しく飛び回っていて、春風と会える時間も減っていったのだろう。



入社してから一年半で、ようやく付き合うことになった俺と春風。

ここまで長かったと、ほっと胸を撫で下ろしたはずなのに。

付き合うことになった瞬間、あの時の罪悪感が一気に溢れだす。

自分のスマホには、泣く春風の画像が入っていて、もしあの時俺が撮っていたなんてことがばれたら。きっと一生春風には軽蔑の眼差しを向けられることだろう。



「六神、今度の休み暇?」

「暇だけど。」

「遊んで!外出るのが面倒なら六神んち行くし。」

「……うーん。俺オーダー枕買いたいから買い物付き合って。」

「……うん。いいよ。」


なるべく二人きりにならない空間で会っていたことの方が多かったように思う。抱えきれない罪悪感がのしかかって、手が出せなかったというのが本音だ。

いい年した男女が、健全なキス止まりのまま半年を過ごすなんて。春風にも違和感を与えていたことは自覚していた。

それでも画像が消せなかった俺は、何に執着しているのか自分でも分からなくなった。春風なのか、スマホの中の春風なのか。それとも。泣いている春風なのか。 

春風を泣かせるのが怖かった。今にも泣き出しそうな場面で、わざと悪態をついて気を反らせて。

泣いている春風に何をするかわからない、何かをして嫌われるのが一番怖い。


『わかってる ほしんでしょっ♪』

『………』


吐瀉物事件の時、酔っぱらって歌いながら馬乗りになられた時はどうしようかと思った。

いや、どうにもならなくて、無我夢中で春風を抱いた。

罪悪感を抱えながらの俺にとっては、それが重大な第一歩にも関わらず、当の本人は全く覚えていない。単純にむかついて、春風を怒らせた。悪いのは俺なのに。

そのせいで水絵に運悪くつけこまれて、課長にも邪魔されて、それがあんなにも上手くねじれて。俺たちの物語はよくも悪くもウィットに富んだ。だいぶ彷徨いながら時間を無駄にした事実は否めない。

朋政課長は恐らく、俺が春風のいる会社に転職するために農政局を辞めたと思っているだろう。俺もそう言って春風に嘘を吐いた。


春風のためなら春風にも嘘を吐ける俺のゆがんだ愛情は、佐渡への報復までもを含めて始めて意味を成す。そこまでの愛情を俺に向けられてしまった春風は、かわいそうでかわいい。

そんな春風の視界に飛び交う害虫を駆除しようと、俺は課長への牽制と海外赴任への後押しをすることにした。

さっさとオーストラリアでも南極でも行きたきゃ行けばいい。むしろ世界の果てまで行って戻ってくるな。



午後から行われた本部での研修会。

休憩時間に資料を持ち、前の席に座る朋政課長の元へ行く。


「課長、水素の輸送用タンクコンテナって、ユニコーン企業が自社買いするってほんとですか?」


断続的な貿易が見込めないこの時代、基本的にコンテナはうちが企業にレンタル、リースすることになっているが、たまに自社で専用コンテナを購入する企業がある。

課長が契約を取ってきたユニコーン企業が、まさに今購入を検討しているとの情報を、前回の研修時に噂で聞いていた。


「ああ、本当だとして、それが君と何の関係があるの?」

「いやあ課長ならすでに各社見積をとっているとは思うんですけど、一つ気になるタンクを見つけまして。」


俺は持っていた資料を見せた。


「ここって、オーストラリア主体の企業?」

「ええ、前に課長が横浜で担当していた企業が、このオーストラリアの企業に吸収されましてね。もしここでタンクコンテナを仕入れることができれば、オーストラリアでの支部設置にも協力してもらえるんじゃないかと。」

「へえ。M&Aね。」

「課長ならもう知ってるかと思ってましたが知らなかったですか?」

「ていうか僕がオーストラリアに行くこと前提で話進めてるよね。」

「さっさと目の届かないところに消えてほしいだなんてこれっぽっちも思っちゃいません。」

「その癖誰かさんが本部長に僕のオーストラリア常駐を推薦してたみたいじゃない?」

「朋政課長のお陰で横浜支部にいる後輩のミスが滞りなく片付けられたなんて、本部長の耳には入れてませんよ。」


笑顔で伝えれば、課長はさらに億千万の笑顔で返してきて。一瞬たじろいだ。

顔面つええ。

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