Un BUTTER

№.start over



今日ほど充実しすぎた日を過ごしたことは、果たしてあっただろうか。

朝六神と喧嘩して、仕事して、水絵さんにご同行をお願いされて、朋政先輩の告白を断って、今に至る。


今私は、六神のアパートの前に来ていた。アパートってどうしてもインターホンを使わずにドアを叩きたくなる衝動に駆られる。昔の刑事ドラマのように。

でも六神には、ドアが分厚くて叩いても大した音はしないからインターホンを使えと言われていた。


「こんばんは。」

「だから叩いても音響かないんだってこのドア。」


その癖、割と早く玄関から出てきた六神。まるで私を待っていたようにも思えた。

この重い男は、メールよりも電話よりも電報よりも、実際に訪れることで機嫌が治るらしい。 

片眉を上げてから、ふっと笑い声が漏れて。私に柔らかな表情を向ける。

 
「先輩と、切ってきた。」

「え、嘘」

「嘘ついてどーすんの。」
 
「……切ったって、どうやって?」
 
「こう、ざくざくっと。」
 
「ざっくりしててお前らしい。」


ざっくりしている私は、水絵さんが貰ったはずの、水絵さんの手首につけられていた腕時計を平気でしていた。

だって、本当は私のために買ってくれたものなんだから。あんたに先輩から貰った腕時計が見合わないと言われたこと、あらぬ方向へ盛大に勘違いしてごめんね。


腕にはめた星空の腕時計を、六神の眼前で見せてやる。


「これ、水絵さんから手渡された。」

「……え」

「水絵さんに、小動物カフェに連行された。」

「……は」

「水絵さん、朝六神を会社に送ってきた時に私が央海倉庫で働いていることを知ったんだって。で、帰りに私を待ち伏せしてて」

「待ち伏せ?無事なのお前。」

「うん無事。」

「なんかされた?」


首を横に振る私。不安な顔が、一気に和らぐ六神。

でも喉を鳴らした後、私の瞳を勘ぐるようにじっと見つめてくる。


正直、色々迷った。私の画像のことを言うべきか、言わざるべきか。

六神のプライドを傷つけたくはないけれど、もしあの画像が六神にとってのわだかまりになっていて、重荷になってしまうくらいなら。いっそ全てを受け入れた方がいいと思った。

それこそ、脅される弱味になるほどのものならば。


「私の泣き顔。そんな好き?」


六神を見つめ返して言ってやる。

一瞬目を見開いて、すぐにいつもの気怠い表情の六神に戻った。

ただ罪悪感のせいで私には視線を置いていられないのか、伏目がちに息をつく六神。

ねえ、震えてる?私に嫌われたと思ってる?

きっと今、六神の方が鼓動を鳴らしてるはずなのに、私の鼓動がこれでもかとドクドク波打って。震えているのは私の方だ。

謝りもせず、かといって目を泳がすこともない六神の今の気持ち、教えてよ。

こっち向いて。

私が覗き込むように六神の瞳を追っていると、この男は覚悟を決めたように、私を真っ直ぐな瞳でとらえ言った。


「うん。」
 
「それだけかい。」


うん。って、何そのYES.よりも少ない文字数。あんたのプライドを傷つける覚悟で言った私が馬鹿みたいじゃん。

しかも明らかに悪いのは六神の方なのに、どうしても上から目線の態度は外せないらしい。


「……で?こんな夜にそのストーカーの元に何しに来たの。」


日が長くなってきた今日この頃だというのに、今外はすっかり暗さを増している。

何時か確認していないけれど、さっき駅でみた時刻は21時を指していた。

居酒屋で飲み会を終え、今から2次会にでも行こうかという時間帯に一人暮らしの男の家を訪れる理由なんて、他に何があるというのだろうか。
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