Un BUTTER
今、目の前で酒に溺れているのは六神だけど。
実際あの日、あの時あの場所で、別れる原因ともなったのは、酒に溺れた私でした。
23歳の初秋。国際営業部一課の朝礼で、うやうやしい姿の六神千都世が現れたのを思い出す。
六神は中途採用で、入社当時は一課の所属、つまり私と同じ空間を共にしていた。
その六神を見るなり、女性社員のみならず、男性社員までもが色めきだった。
六神は見た目が日本男児だ。黒髪にほどよい浅黒の肌、スーツから伸びる手の甲は、ごつごつとした骨筋が約3割隆起している。
特に上司や年上から好印象で、道を歩くおじいちゃんおばあちゃんにもたまに声をかけられるらしい。
そんな大和魂を抱えていそうな六神の一番の特徴は、目の下にある涙ぶくろだ。
学生時代、同じ大学、同じ学部だった私たち。
六神が一課の先輩営業マンからの引継中、先輩がトイレに立ったタイミングで。六神の顔を見るなり、「久しぶり!」の代わりに「その涙ぶくろひとつください。」と、私から声をかけたのを覚えている。
といっても、学生時代の私たちに甘酸っぱい思い出はなにもない。少なくとも私は、しつこいようだけど、こんな涙ぶくろのヤツ居たなあぐらいにしか思わなかった。
それからは仕事で、プライベートで話すうちに、なんとなく気が合って。
お酒は生とか。つまみに、はじかみ生姜は外せないとか。好きなB級映画とか昔の青年漫画だとか長年愛されている名作ゲームだとか。
ディープなコーヒー豆やモカマタリの世界についても語り合った。
ある日の午後。
自販機に、3時のおやつタイムに欠かせないCOSTAコーヒーを買いに行って、再び部署に戻ろうとした時だった。
「ちっさいサイズで割高感あっても、うまいやつ買っちゃうんだよなー。」
いつもみたく、廊下で後ろから自然に声をかけられて。
「だよね〜、財布に優しくなくても自分には優しくしちゃうんだよねー。」
でもこのサイズ感がやたら光ってみえるのだ。
「そんな自分にあまあまな実来にはこれをやろう。」
「ぐはっ!この鬼畜ハンター!」
六神が手渡してきたのは、六神が狩りとってきた取引先からの輸出代理申請の商品リストだった。見れば64件もの商品画像が並んでおり、めまいがしそうになった。
でもその商品画像をみれば、ほぼインスタントコーヒーで、めまいよりも笑いが先にきたのだ。
「レベル上げのためソロで狩ってみたら、ほぼコーヒーになった件」
「アウェイすぎるわ!だがしかし、理解もできる。」
「つまり俺たちのベクトルが一致したといっても?」
「過言ではゴザイマセン。」
「なら俺たち付き合うのもありだと思う人」
「さんせーに一票」
「本件ハ満票ニヨリ可決サレマシタ」
“10代の付き合う”感覚って、もっと重く慎重なもんだったはず。六神とのそれについては、軽いともいえるもので。
でもその軽さには特に抵抗もなく、ああ“大人の付き合う”ってこんなフワッとした感じかなあ、と、大人になりかけの自分に浸ってみたりなんかもした。
背伸びしなくとも、大人とちゃんと並んで歩いている私たち。麗らかな暖かさを迎えるのにちょうどいいと、何年かぶりの彼氏という存在に浮き足立っていた実来春風、25歳の仲春。
今にも日記をブログで綴りそうな私に、“そのブログちょっと待った”をかけたのは、塩対応の六神だった。
六神は思った以上に、私という恋人に対して塩だった。
句読点のない一言メッセージ、折り返しが次の日以降しかない電話。
それでも一応手はつないだ。ハグもした。キスも、軽いのは数えるくらいにした。
でも、それ以上がない。
ないのだ。一ヶ月経っても、三ヶ月経っても甘々がない。
もっとラブラブにいこ?なんて本人には言えるはずもなく、まゆゆに何度か相談した。
まゆゆは、「気が合いすぎて話してる方が楽なんじゃん?それかEDか。」と韓国カフェで、恥ずかしげもなく言っていたのを覚えている。