ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 分かっていたことだ。
 私はフェイクで、偽の恋人で、与えられた役を演じればいいだけの、ただの。

 なのにどうして、こんな煮えきらない気分にならなければならないんだろう。
 どうして、こんなにも傷ついた気分になってしまっているんだろう。

 果てを知らないどろどろの感情に溺れかけたそのとき、掴まれっぱなしの腕を握る手に力がこもった。
 鈍い痛みに引きずられて顔を上げると、相も変わらず不機嫌そうに眉を寄せた沓澤代理と目が合った。

「なに言われたの、さっき」
「……いえ。本当に、ちょっと話していただけで」
「だからなにを話してたんだって聞いてる」
「女同士の話です。特に報告が必要な内容だとは思いません」

 ギスギスした物言いになった自覚はあったものの、後悔は覚えない。
 むしろ、なぜ沓澤代理が私に対してそこまで不機嫌な態度を取るのか、そのことに不快感を抱きすらした。

 空気が重い。吐き気がして、私は堪らず空いた手で口元を押さえた。
 その仕種を見て思うところがあったのか、私の腕を引く彼はそのままロビーを抜け、さらに階段を進んでいく。帰るつもりかと訝しくなった頃、(ひと)()のない階段の下で足が止まった。話の続きを求められていると察して、息が詰まる。
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