ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 腕をほどいてほしかったけれど、勢いに任せて振り払うのはためらわれる。
 長い指にそっと自分の指を重ね、外してほしいと無言で示す。普段なら自分から相手に触れるなんて考えもしなかったはずで、けれど今はただ、これ以上の接触を重ねてほしくなかった。

「大丈夫か」

 腕は外してもらえなかった。
 ぽつりと尋ねる沓澤代理の声は小さく、場違いにも笑ってしまいそうになる。

「なにがですか」
「無理させてる」
「慣れてます」
「分かりやすい嘘ついてんじゃねえ」

 適当に返していた言葉の最後、唐突に語尾を荒らげた沓澤代理の声は、ガン、という物騒な音に掻き消されて霞んだ。
 壁に拳を叩きつけて私を押さえ込む彼の目は、冷えきって見える。かと思えば苛立ちに赤く燃え盛っているようにも見え、私は知らず息を止めていた。

 簡単に押しつけられた身体は、我ながらやわい。
 抵抗する気にもなれなかった。そのくらい、さっきの菅野さんとのやり取りは私の精神を追い詰めていた。

 追い詰められている理由にはまだ思い至りたくない。
 だから、今だけはこの人と話していたくない。それなのに。
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